母メール

新しい仕事

1月9日から新しい仕事を始めた。
新しい仕事は面白い。楽しい。立って笑顔をしているのは楽しい。
つくり笑顔をして声を出して動いてると、脳みそから何らかの物質がドバドバ出てきて楽しくなってしまう。
難しい人はいるが、デスクワークではないので、ダメな時もタイミングを待ってその場から逃げ出せる。
高校生の時、ブックオフでアルバイトをして良かった。
あのとき、若さに叩き込んだニセモノの接客仕草が、わたしを助けてくれる。
ニセモノの笑顔をしている間は、人生のことは考えなくていい。休憩時間みたいなものだ。
お金が介在しないでは、なかなかこうなれない。

祖父と婚約者を会わせる

母からまた盛り上がったメールが来ている。
年明けには祖父と婚約者を会わせる、という話があって、母は祖父に認められたくて飢えているから、ポイントが稼げる行事にテンションが上がっている。
わたしだって、ちゃんと祖父と婚約者を引き合わせたい。
むしろ一刻も早く話してあげたい。
だけど、祖父が興奮しないように、年明けにしてほしいと母たちから頼まれていたから、待っていた。

その上で、母がまたわたし中心ではなく、母の思い描く通りに物事を動かそうとしてきたと、わたしは感じて、無力感に襲われてしまった。

わたしは道具

わたしは、ライフイベントの度に「わたしは母が世の中に見せびらかすための道具だ」と感じてきた節がある。
わたしのことなのに、わたしがいつも置き去りになっている感じがする。
わたしは、寂しい。
わたしは、愛されてると感じたかった。
わたしは、わたしが怒ったり悲しんだり疲れたり困ってることを、受け止めて向き合ってほしいと思ってきた。
わたしが怒ると、悲しむと、母は背中を向けるか、答えられなくなるほど大きな声で怒鳴るか、あなたに責任がある!というもの言いをする。
わたしはスゴスゴと部屋にこもって、翌朝には何事もなかったことにされる。

自分の本当のこと、本当の気持ちを言おうとすると涙が出てきてしまう。
わたしの気持ちなんて口に出すべきじゃない、と感覚的に思う。
怒っているとか、困っているとか、助けてほしいとか、言っても跳ね返ってきて、ムダなのだから。
(母によれば)そういう状況に陥ること自体が「事前に対策を講じなかった能力の足りないあなたの責任」なのであり、「全部自分で対処できるようにならないと『ダメ』」なのだから。

祖父や周囲に認められそうな、喜ばれそうなライフイベントはいつも、わたしはお道具みたいになってなんにも思い通りにならない。
わたしを祝おう、わたしを励まそう、認めよう、喜ばせよう、そう本当に思われていると思えたことがない。
父母が、どう自分を世の中にみせたいかの演出の道具のようになってきたし、その通りにならないと怒鳴られたり失望されたりお金をもらえなかったりした。
愛情はいつも条件付きだ。それに舞台がないときは道具部屋で放り投げられてる。

虐待された犬と同じで、手が振りかざされる動作をみる度に過去に戻り、叩かれることをイメージして怯えてしまう。そのあと撫でられるとしても。
新しい飼い主に、何度も何度も撫でられて怯えず撫でられることを覚えようとしてる矢先に、昔の飼い主がまたひょこっと顔を出すような感じ。

だからたとえ、そんなことをひとつも母が言っていなくても、
わたしに十分確認をしないで物事を進めようとされるだけで、拒否反応がでて頭が真っ白になる。
もうわたしの人生に触らないでほしい、そう思って混乱してしまう。
そういう自分が母そのもののようにみえて、さらに訳が分からなくなる。

時間を一時停止したい

ずっと動悸がおさまらなくて、婚約者にも当たり散らした。
わたしはいま、わたしの思い通りにならなくて怒っている。
結婚までにやらなければならないタスクは山積みだ。
部屋には服がごちゃごちゃと片付けられず溜まっている。
優先順位をつけて片付けないとならないが、片付けられない。
シフトがいいようにならなくて、病院もうまく通えない。
仕事している間は、考えなくていいのに、休みになった途端一気に押し寄せて混乱した。
疲れた。時間を一時停止したい。そういえば昔もよくそう思っていた。
一旦すべての出来事に止まってほしい。
つかれた。

年末年始からの近況

新しい仕事

新しい仕事が週明けから始まる。
ブランクが1年ちかくあるので、自分がうまく社会へ戻ってゆけるのだろうか、という不安感が強い。
慣れない場所で、慣れない仕事をする。失敗を必ずするだろう。それは織り込み済みだ。また落ち込むのが怖い。

ストラテラ40mg・約1ヶ月

2017年11月22日からストラテラを飲み始めた。
2017年12月6日から、10mgから40mgに増量。
夜に飲むとテンションが上がりすぎて眠れなくなる、
早朝に目が覚めてしまう、
頭がギンギンになって動ける以上に動いてしまう、
などの作用もありつつ、基本的には、以前より動けるようになって、ダウンすることが少なくなったように思う。
ここ1〜2週間ほどは、上に書いたようなこともなく、適度に動けつつ、ときどきはダウンしつつ、頭がはっきりしている。
生理のせいか、リズムの乱れのせいか、朝の目覚めはすこし悪くなった。
それでも、冬にしてはよく動けている。そう思う。

友達との飲み会で、みんなの話を黙ってきいて、間合いを図っていたら、
今日は普段よりしゃべらないね、と驚かれた。
それから、酒に酔うことがなくなった(そういう人もいるという)。
たぶん、酔わないなーと調子に乗って飲むと、酔って失敗すると思うから、それに一番気をつけないとならない。

飲む時間は、眠る前の0時くらいに落ち着いた。
眠る直前に、眠剤と一緒に飲む。
こういう記録はつけておかないと、あとから振り返りづらいので、記録しておく。

初めての帰省

今年の年末年始は初めての帰省もあった。
初めての場所、慣れない布団、慣れない人、慣れない台所、慣れない飛行機、とても疲れた。
だけれど、得るものがたくさんあった。
同居人の親族には、会うたびに得るものがある。
皆、まっすぐに自分の人生を生きて、それを全うしているからこそ他人の人生にも寛容なひとたちで、人生に指針をくれる。本当に尊敬できる。
兄嫁よりも動作のノロい自分に落ち込んで、いろいろやろうと思うのですが、体が思うようにならないタチですみません、と卑屈にこぼすと、あなたはそうして素直なところがいいところなのだから、何も気にしなくていいし、できるだけのことをしてくれればいいし、そのままでいい、ここにきたら何も考えなくっていいのよ、と大叔母にあたる方が言ってくれた。
同居人の父上も、あなたはあなたのままでいたらいい、失敗もするだろうし、落ち込みもするだろうけど何も変わらなくていい、一生懸命やればいいし、困ったら助けて!と大きな声で言えばいい、と言ってくれた。
わたしは本当にこの人たち家族が大好きだ。
自分の親を親と思えないから、こうした人たちと結婚によって家族になれることが本当に幸運だと思う。
そう思うにつけ、だけど本当の親から真摯に向き合ってもらえたという実感は、今後一生得られないまま死んで行くのかとも思う。
たぶんその通りになるだろう。それが私の変えようがないかけがえのない人生なのだと思う。

母への視線

大晦日の台所で、大叔母に親のことを語るなかで、突然気がついたことがあった。
洗い物をしながら話しているときに、突然ブレイクスルーがあった。

母は、たぶん相当な苦労をした人なのだろう。
物心ついた頃から、彼女は人生とは不如意で理不尽で、我慢と忍耐と努力でやっていくものだと思ったのだと思う。
そして、今だにその苦労の果実を得られていないと感じているのかもしれない。
だからわたしにも、人生とは不如意で理不尽だけれど、我慢と忍耐と努力をしなければならない、と教えてきたのだろう。
努力しても努力しても、まだまだ、と言われ続けたのは、彼女自身がそうだったのだろう。
ふと、そう思った。
自分と同じメソッドで、娘が成功すれば、自分自身の成功として、彼女は自分を認められると考えたのだろう。
いつまでも承認に飢え、自己を拡大してゆこうとする、かわいそうな人だ。
かといって、許す気は全然ないし、彼女自身の人生を認める懐の大きさは少なくとも今はない。

それでも、想像はできる。
帰国子女として、物珍しがられ、1年生を2回やり、言葉に不自由して、文化にも衝撃を受けて、女性の社会進出とか国際化とかそういうものを担わされて、我慢と、苦労と、忍耐と、努力をして人生をやってきたのだと思う。
社会や世間、それから自分の母親(わたしの祖母)に自分の生き方は間違っていないのだ、わたしは成功しているのだ、と示すために、結婚と出産をやった可能性がある。
なんだかんだ、父の言うこともいつもきいている。
最近、90年代の女性の社会進出に関する数字などをみて驚いた。自分たちが生まれていた時代でも、こんなものだったのだ、と。
そう思うと、母は仕事上も相当な苦労をしただろう。
彼女が生きたかった未来を易々と掴めるわたしが、それを掴む努力をせずに生きているように見えていたのだろう。
他人が自分と同じ苦労をしないで済むことにも、苛立っていたのかもしれない。
よく似た性格だから、そう想像する。
だけど、やっぱりそれは親の態度ではないし、許せない。自分の子供にも同じことをしてしまったらどうしよう、と思う。

とにかく、そういう考えが初めて、自分の中に生じた。

バッチ処理より逐次処理

それから、大叔母のいる本家のモノのない風景は、やはり衝撃的だった。
食事をしたらすぐに片付けて洗い物をする。
行動のひとつひとつにすぐ逐次的に処理をする。
不要なものはどこにもない。
普段から使わないものは、きっちりとしまって管理されている。
飾りものもあるけれど、簡素で、空間を居心地よくするためにある。

同居人との同棲の時に、わたしはモノを相当捨てた。
だけれど、まだまだ足りないな、と感じた。
モノを捨てるには、持たないには、どうしたらいいのだろう?と感じて、いまそういう本を読んで、モノを捨てている。
いらないものが本当に山ほどあって、家の中がゴミ袋だらけになった。
ミニマリストになるのはなんかダサいな、と思っていたけど、これは結構ハマりこんでしまうかもしれない。

徐々に霧が晴れる

ストラテラと寝起き

ストラテラを飲みだしてから、かなり調子がいい。
睡眠時間が少なくても、この真冬の寒さの中でも、朝スッキリと起きられている(ストレスがないからかもしれないが)。
だけど、睡眠不足時の身体の活動限界が延びるわけではないので、動ける!と思って動くと途中で電池が切れるときはよくある。
6時間以上は寝ないとやはり厳しい。

薬を飲むタイミング

薬を飲むタイミングが難しい。
わたしの理解では、ストラテラは、脳みそのドーパミン系をちょちょっと調整して働きを理想の状態に近づけるもので、
脳みそに作用する成分が一定濃度ある間はパフォーマンスを維持できる。
だいたい24時間周期で薬を飲むことで、血中の濃度を維持できる。
と、いうことのようだ。

薬の特徴としては、胃に負担の大きい薬だと思っている。
副作用が吐き気などであるのとは別に、単純に空腹時飲むと胃に刺激が多い印象がある。
なので、ほぼ確実に胃に食べ物を入れている夜、22時〜24時頃に飲むことにしている。
厄介なのは、夕食後にすぐ飲むと、寝るまでの時間に覚醒してくる感じがあって、
こうしてなにか書いたりツイートしたりにテンションが上がって夜更かししがちだ。

できれば朝に飲む周期に変えて行きたい。ときどきは、飲酒もするし。
課題は、朝食を取れるか。
新しい仕事のためにもいいリズムを作りたいところだ。

人間への興味

近況としては、人間への興味がゼロになってきた。
というか、誰かと話したいとか、やりとりをしたいとか、注目を浴びたいとか、かまってほしいとか
そういう対人コミュニケーションへの欲求が一切なくなっている。
アルジャーノンに花束を、じゃないが(読んだことないが)、ストレスが除かれて、薬で徐々に頭がはっきりして、
自分の振る舞いのマズさ、またこれまで人間関係を築いてきた同類たちの不器用さが目につくようになってきた。
LINE上やツイッター上でも、「黙って微笑む」というような所作をしていたい気持ちだ。
いまは他人に興味のない奴としか飲みたくない、会いたくない。
飲みに行く時だけ、必要があればラインするような友人たちのことだ。
わたしの対人的な欲求は、すべて同居人に吸収されている。
鬱とかいうのともすこしちがって、なんとなく誰とも関わりたくない。誰とも継続的な人間関係をこれ以上動かしたくない。
本当にもう同居人と、森の奥にこもって必要な時だけ里に降りて黙ってニコニコとしていたい、できればそれもしたくない。
そんな感じがする。
同居人には、外に出なよ、人と話しなよ、インプットなければアウトプットなし!!!などと言ってるのに自分を棚に上げている。
なーんもかんもめんどくさい。いや、めんどくさいことばっか続いてるせいかも。とにかく、今日はもう寝る。

結婚と、女として生きること

女らしさ

同居人と、付き合い始めてからもうじき2年になる。まだ2年経っていないことが不思議だ。
ということは、付き合い始めてから飼ったベタも、もうすぐ2年一緒に暮らしていることになる。
ベタの寿命は2年と言われる。近頃は冷えるからか、水槽のなかでよくボンヤリしている。
今朝みたら、長いヒレの裾が青白く怪我をしたようになっていた。
水温維持のためのヒーターで火傷することもあるらしいから、それかもしれない。
それでも平然とした顔をしている。魚はヒレに痛覚がないのだろうか。
とはいえ、わたしの方も体の末端まで痛覚があるのか怪しい。

転職活動のたびに履いたパンプスは薬指が当たる。それで薬指の爪が取れてしまった。
一度や二度ではなく三度も四度も気がつくと薬指の爪が取れる。
新しい爪が生えていてとくに痛くはない。歯が生え変わる感じだ。
繰り返すうちに次第に汚く生えるようになっていまは爪が乾いた米粒のようになってしまった。
母もこんな足の爪をしていた。

女はなぜこんな思いをしてまでパンプスを履かなければいけないのだろう。
そしてどうして、パンプスという靴は、履いてみると女らしくきれいにみえるのだろう。

レッテルへの抵抗

小学1年生くらいのときに、「女の子は虫取り少年になれない・男の子っていいな」という詩を書いた。
わたしは男の子になりたいわけではなかったし、女の子のことが好きなわけでもなかった。
どちらかというと、女の子として扱われることに居心地の悪さがあった。
なんなら、子どものころから「子ども」として扱われることも嫌いだった。
キャラクターものや、アニメや漫画は「子どもっぽい」「子どもだまし」だと思っている節があったし、その感じはいまもある。ずっと、キャラクターもののグッズをあてがわれるのがあまり好きでなかった。特にハローキティ
レッテルを貼られて、軽んじられることや、レッテルで、自分ができない振る舞いがあることに抵抗があった。
だからつまりわたしは生まれ持ってのパンクスなのだ。

「女の子なら・・・」

未だに自分が「女の子」「女性」として扱われる場面に、本当に吐き気を催す時がある。
男性から、(とてもゆるやかだとしても)性の対象として/相互理解できない別の生き物として取り扱われるときが一番気が楽だ。相互に理解できない別の性別のものとして、探りながらやっていこうという感じがある。
女性が苦手だ。もちろん、人による。同性だというだけで自分と考えが同じ、同じ文化に生きているだろうと考えるひとはとても多くて苦手だ。
女性はだいたい人生のセオリーが決まっているからだろう。恋愛をして、結婚し、出産し、母になって子育てをして、孫が生まれる。そうではない人生はたくさんあるのに。

世の中の「結婚」のイメージ

今度結婚するので、世間の結婚へのイメージサンプルを得るために、ゼク◯ィを隅から隅まで読んで本当に吐き気がした。
ぜったいキツいだろう、と思って床に3ヶ月くらい放置していたら同居人が足をぶつける事故がおきたので、処分のために読んで参考になる部分だけ切り取った。コミケカタログより重い。体重計に乗せたら2.5キロあった。
ホンネと常識、幸せな花嫁、心がときめくブライダル、家族に感謝、ゲストがよろこぶおもてなし、はずむ笑顔、、、わたしはいやだ。
わたしは、常識も、幸せも、ときめきも、感謝も、よろこびも、笑顔も、強要されたくない。
だけれど、これが世の中の結婚式を仕切っているのだ、と、思うと、世の中の求めに応じた振る舞いも必要なんだろうか、自分たちの簡素な結婚は、貧乏で粗末と思われるのではないだろうか、そういう不安が頭をかすめた。
わたしたちは、これから人生をやっていきます!というケジメと周囲への告知が必要なのであって、「幸せそう」だとか「感謝」だとかは、我々ができる範囲で、誠実にやっていけばいいだけなのに。

わたしは「世の中」に接して惑わされたり混乱しやすい。
そして、言葉を字面通りに受け止めやすい。
◯クシィのキャッチコピーを書いている人間だって、「ケッ、くそったれが、虚無が」と思いながら毎号仕事をしているかもしれない。「みんな!この情報を活かしつつ人生を頑張るんだ!」かもしれない。

いまだに婚約報告にイラつく

結婚もいよいよ日取りが近づいてきた。年が明けたら割とすぐ苗字が変わる。
今日も知らない女性の「プロポーズされました♡感動♡」というツイートをみて、反射的に、ケッ!と思った。
ピンク色の花束と、金色のマリッジリングの写真が添えられていたのがわたしのカンに触ったのだと思う。
ピンク色、花、ダイヤのついた金色のリング、疑いなくそれを写真に配置してSNSに貼付できる自信、その全てが、わたしのひねくれて醜くみえる気持ちを呼び起こす。
受け入れがたく、だけれど、受け入れがたいがゆえに憧れるものであり、世の中的にはこれが「幸せ」ならそれをやるべきなのか、わたしも「世の中」に一矢報いたい、といったそれだ。

わたしは、人生の伴侶を得て十分に幸せだ。
本当にこのひとの家族になれて嬉しいと思う。この人の家族の家族になれることも嬉しい。
わたしは十分幸せなのに、どうしてこんな風な気持ちにならなければいけないのだろう?
幸せであることを、世の中に承認されたくなるように、育ってしまったこと自体に腹が立つ。

結婚という「ゴール」は「出産」のリミットから逆算される

良い大学に入って海外留学もして就職難を乗り越えて良い会社に入りキャリアを積んだ友人たちが、「婚活」という化け物じみたものに追われている。
夢中になれる趣味もいくつもあって、オシャレで可愛くて、収入もたくさんあって実家も都内で、そういう子たちだ。

女にはリミットがある。
「子どもを産むか、産まないか」という選択肢は、年齢を重ねれば消える。
つまりその前に、その選択肢を持てる社会的状況を作る必要がある。
わたしも彼女たちも、社会の求めに応じて努力を重ねてきた。受験、大学受験、就職、キャリア。私は努力が実らなかった。彼女たちは、実らせた(ようにみえる)。

結婚は、不確定で、要件も不明なのに、それをしただけでそこまでの全てをチャラにするような「女のゴール」だ。
キャリアを積んでも、その「ゴール」は、世の中で頑然としている。

そのあとにも、子供は作るのか、そのための貯蓄はどうするか、家を買うならその貯蓄も要るし、出産後働くか、働かないか、正社員として復帰できるのか、他の道を探るのか、つまり積み上げたキャリアはどうなるのか、保育園には入れられるのか、兄弟はつくるのか、どこの学校に入れるか、習い事はさせるか、そもそも夫とうまくやれるのか、弁当を鮮やかにするのか食材にこだわるのか、というのが続く。

「結婚」はゴールのようでいて、その後のトライアスロンの入り口だ。
子供の自立が言うなれば「ゴール」かもしれない。そもそも子供が自立しない・できない可能性だってある。
そんな不確定で先の見えない「ゴール」に向けて、「結婚」をするための婚活をする。
「結婚」はしたら終わりじゃない。というか、してからがすべてだ。本当にいまそう思っている。
だから、本当にそれをやっていける相手とできれば最高だ。そうはできない場合もあるかもしれない。
そもそもそこまで漕ぎ着けられる相手を、ある一定の年齢までに「得なければならない」。

「マウンティング」と思うこと自体認知の歪み

ゴールできたものだけが、高らかに勝利宣言をして、ゴールできただけで「幸せな花嫁」「心がときめくブライダル」になる。なんなんだ、それは。
本当になんなんだ、それは。なんなんだ。
蹴飛ばして、ドブに落としてやりたい。
それはわたしがそれらをすべてマウント行為ととらえているからだ。
だから叩きなおすのはわたしや、友人たちの根底にある「世の中」で「勝ちたい」という気持ちなのだ。

婚姻制度は都合がいい

わたしは、同居人と交際して、この楽しいひとならば毎日会いたいから同棲をした。
同棲をして、この楽しいひとならば一生一緒に人生をやっていきたいと思うようになった。
相手も相手の家族にもそう思ってもらえたようで、わたしはドラフト1位指名で婚約者となった。
婚姻制度は、わたしたちには便利だ。都合がいい。
しただけで、「世の中」に対して、なんだか身元が保証されてすべてオッケーな感じになる。
税金やなんやかやの都合もいい。
ふたりで食べると食事も倍おいしい。

ちょっとずつ死ぬとしても女として生きる

わたしは「ゴール」したはずなのに、このモヤモヤはなんなんだ。
わたしは女だ。
薬指の爪が壊死してもパンプスに足をねじこまねばならない。
ねじこまねばならない、と思うし、パンプスを履いた足をとても美しいと思う。
熱帯の魚が、火傷をするとしても、水槽ではヒーターを頼りにして生きるように、
わたしは、苦しむとしても、社会でのなかでは女というジェンダーアイデンティティに生きなければならない。
そうしてだんだん、薬指の爪のように何度も傷ついたことにすら無感覚に壊死して、それでもパンプスに足をねじこみ続ける。

わたしたち家族と、これまでの家族

人に会う元気がなくても苦にならない

いろんな友達に会いたい。けど気力とお金がない。いろいろな約束を取り付けて体調を管理する自信がない。
今週末も体調がよくなくて、それから、人に会う元気がどうにもでなくて約束を二つ反故にしてしまった。
そんな状態でも同居人と話すことは苦にならないから不思議なものだ。
そういうひとだからいっしょに暮らしてるのだけど。

関係を写した写真

同居人と自然な表情で写っている写真を印刷して小さなフォトフレームに飾った。
気合いの入りすぎていない、普段の間の抜けた表情が写っていて、いい写真だ。
見るたびに、この人とこれからずっと生きていくのが楽しみになる。

黒幕は父だった

母のことについて今まではずっと考えてきたけれど、ついに、本当にヤバいのは父親だということに気がついてしまった。
父は、責任のある場から逃れ続け、適当な発言をし、そもそも家にいることがほぼ無く、直接的な嫌な思い出というのが母に比べて少ない。
でも、父は、そもそも、責任ある立場に立つべきだった。母の相談やわたしの相談に乗るべきだった。家庭をかえりみるべきだった。
なにより、よく思い返すと父の発言は割とクリティカルヒット率が高い。
趣味も合う、母より嫌な思い出が少ない、物腰が優しい、そういうところで今まで気がつかなかったが、家庭をあの状況に追い込んだのは父だ。
毎日、目の前にいて戦わなければいけない母のことに取り紛れて、父はわたしの味方だとさえ思っていた。
別に彼は誰の味方だってこともないのだ。
ホラー映画のドンデン返しぐらいビックリした。身近なあの人が黒幕だったなんて、それも悪意なく。そんな感じだ。
母は、言葉こそ強気だけどいつも父に振り回されて困らされて参ってしまった気の毒な人なのかもしれない。
なんにせよ、わたしがいろいらと辛い気持ちで成長してきたことは変わらないが。
同居人や同居人の家族を見て、ついに、ついに気がついてしまった。

体調とメニュー

今夜のメニューは、カブ入りポトフとカブの葉の炒め物にした。
ストラテラのお陰なのか、今日は脳みそは割とはっきりしていて、講義の作業も料理も買い物もよくできた。けど身体が限界だ。
幸い副作用の吐き気も出てない。
夜尿症っぽいというか、寝ようとすると不安でお手洗いに何度も立つクセが再発してしまったのだけが難点だ。

陰翳

監視と無関心

同居人の両親がわたしたちの結婚のことを真剣に考えてくれればくれるほど、自分の両親の無関心が不安になる。

高校生まで、「どこに誰と何時に何をしに行くのか」を3日前には伝えないと外に出てはいけないと言われ、
新卒の就職活動の時は、わたしがインターンやエントリーをしようとした企業のひとつひとつを評価してここはやめろ、と「助言」をし、
精神科医に就職も就職活動も無理だから一旦やめなさい、と言われたわたしに、「じゃあ誰が食わせてくれるの?しないなんて無理よね笑」と帰り道に笑い、
とにかく内定を、と言うので、親の監視外で勝手に応募して内定を取ったことを告げたらそんな変な会社には行くなと激怒し、
一人暮らしをしたときは、まず引っ越す前は落ち込みまくって母は寝込み、引っ越し後は毎朝電話をかけて起きているか確認してきたのに、
どうしてわたしたちの結婚には一言もないのだろう。

社会的なトピックとしてのわたし

わたしは不安になる。
親がコントロールできる世界の外にわたしが出てしまって、親はわたしへの関心がなくなってしまったんじゃないか。
わたしの自立を認めたというより、自分たちの思うようにならないことで、私のことが急にどうでもよくなったんじゃないか。
だとしたら、わたしの人生や存在とはなんだったのか。
わたしは、父や母にとって、「結婚して子供を作り育てる」という人生上で「社会的に」「クリア」しなければならないトピックとしての存在でしかなかったのではないか。
子どもをいい学校に入れる。いい大学に入れる。いい企業にいれる。そういう「トピック」でしかなかったのじゃないか。
「本当のこと」は見る角度やその時の気分で誰にもわからないが、
わたしのなかではそうとしか思えなくて、
それはわたしが一番恐れている答えを弾き出している。

過去とこれからのコントラスト

新しい家族をつくり、これから自分の人生を始める。
今までの人生から脱却して、そんな道に立てたことが、とても喜ばしいことだ。
その前途の明るさが、対比して、暗くて苦しい過去を際立たせてしまう。
脱却といっても、過去はいつもわたしに寄り添っている。
過去に受けた苦しみは終生の友になり、同居人よりも長く添い遂げることになるだろう。
まあこれまでだってずっといっしょに来た訳だけれども。

わたしを見て

わたしは親に祝福されずに、新しい道に立たなければならない。
ことさら呪い罵られることはなくても、関心すら示されないのはそれはそれで傷つく。
それでいて、「祖母の着物を着てほしい」とか、また「子の成長を祝う」体で自分たちの希望、それも、わたしは喜ばず、外向きに「子に良くしている」という風にみえることを言われるので、同じような過去の事が思い返されて辛くなる。
そんなのどうでもいいから同居人のご両親への飛行機代くらい出してくれればいいのに。
築地に行って1ヶ月に何度も寿司を食っているんだろ。
祖母のミンクのコートを何万もかけて作り直すぐらいなら、毎月の食費を助けてくれ。
愛情はお金じゃないけど、私が、わたしたちが、本当に必要とするところにお金をくれたら、愛情と思えるのに。
わたしが本当に必要としていることをしてくれたら、愛情と思えるのに、いつもピントのズレた答えばかり帰ってくる。
外向きには、悪い親ではない。むしろ、いい親御さんじゃない、と、言われる。それは、そう見えるように彼らが振舞ってきたからだ。
どんなに努力しても認められず、ボロボロのわたしに彼らの希望通りの就活を強いて、希望通りにならないと拒絶し、自宅療養を履き違えて軟禁し、就職を拒否し、一人暮らしを拒否し、手を離れたら関心を無くすひとたちなのに。
一度でもいいから私を見てほしい。
私を見て、私のことを考えて、私を認めてほしい。

もう嫌いになりたくない

この気持ちは一生続くのだろう。
父が死んでも母が死んでも。
母は、わたしが生まれる前に死んだ祖母の関心をいまも引きたいようにみえる。
父は、自分自身がそうされてきたように何もかもに無関心で責任から逃げている。
そう頭ではわかっても、同居人とその親族がわたしを溢れるほど受け入れてくれても、
自分の親から関心を持たれておらず、ずっと愛されていなかった、自分は愛情を感じられなかった、ということがわたしは受け止めきれない。
わたしの親は悪い親だ、なんて、言いたいわけじゃない。
むしろ、言いたくはない。それは、辛い。
ただわたしが辛かったことを知ってほしい。
わたしが辛く悲しかった、と話すと、親不孝だとか、親はあなたを思っていた、とか言われることが多い。
そうではなくて、親も彼らなりのベストを尽くし、それはわたしにとって最悪で、わたしは辛かったんだ。
もう、それを、ひとに説明するのも嫌だ。
また、親に「親らしい」振る舞いを求めてその度傷つくのもウンザリだ。
親を特別傷つけず、周囲にも喚き散らさず、ただそっと他人になって、遠くから手を振りたい。
親らしく振舞われるのもそれを求めるのも、できるだけ機会を少なくしたい。
もう悲しみたくない。嫌いになりたくない。

あるべき家族

学べたことがあるとすれば、他人を自分のいいように扱ってはいけない、そうされた人間は大変傷つく、ということと、自分の子どもには父母と同じように振舞ってはならないし、つまり彼・彼女の自立を助けるのが本当の親の役割だということだ。

同居人のご両親が真剣に考えて、助言をくれればくれるほど、嬉しい。家族というのはこうあるべきと思う。
そう思えば思うほど、そうした接し方をされたことのなかった自分の人生が虚しくなる。
理想とするひとたちと家族になれるだけでも、贅沢に幸せだ。それでも、そういうときもある。

フリーランスの住民税メモ

住民税について

住民税の正式名称は、「特別区民税・都民税」。ややこしいですね。
税金については個人事業主と会社員で、扱いがいろいろと違います。
国民保険、年金とはまた色々と別です。

役所への恨み

役所の回答は、用語や言い回しや構成が最高に読みづらいし落とし穴がいろんなところにあるので、「税金 フリーランス」とかネットで調べて知識をつけて挑むといいと思います。
電話するか、窓口に突撃するのがいちばんわかりやすいです。
「で、わたしの場合はどうしたらいいの?」「次になんの手続きをしらいいの?」「それをしたらどうなるの?」というのが見事にわからないのがお役所の文章です。

住民税を支払わなきゃいけない人は?

1.1月1日現在杉並区内に住所がある方。
2.住所は杉並区内にないが、1月1日現在、事務所や事業所、家屋敷を杉並区内に所有している方。
なお、年の途中で、他の区市町村に引っ越された場合も、その年度分の個人住民税は、前の住所地(杉並区)に納めていただくことになります。
特別区民税の課税|杉並区公式ホームページ

ただし、例外として、年間(1月-12月)の所得が35万円以下の場合は、課税されません。

住民税の支払い方法は?

方法①
銀行、コンビニ、区役所で支払えます。
紙を持って行って窓口か、レジにゆきましょう。
公共料金の支払いと同じ感じです。

方法②
それ以外にも、銀行に申込書を出せば「口座振替(引き落とし)」もできます。
区役所ではなく、銀行に申し込みをします。
申込書は、封筒に同封されているほか、銀行にも置いてあります。
特別区民税(普通徴収)の納税|杉並区公式ホームページ

住民税を支払いたくない!

所得(前年の1月-12月の収入)が、会社員なら100万円、フリーなら35万円以下の場合、住民税は課税されません。

住民税(特別区民税・都民税)の場合
所得が35万円(給与収入のみならば100万円)以下の方は、課税されません。
なお、それ以上の金額の場合でも、扶養親族の人数によっては課税されないことがあります。
よくある質問 何万円以上収入があると税金が課税されるのでしょうか。|杉並区公式ホームページ

去年、今年は会社に勤務してこの基準以上稼いでたので、なんにせよ払わなきゃいけません。

所得ってなに?

個人事業主の場合、所得とは、働いて得た収入額から必要経費を引いた額になります。
このへんは確定申告とかで関係してくる話ですね。他の税金も関係します。
税金は、働いて得たお金にかかります。
でも、個人事業主はそれを稼ぐための設備なども自分で揃えます。
稼ぐための設備や備品にかかったお金のぶんは、申請すれば、税金を計算するときに除外になります。

なので、個人事業主とやっていくのであれば、
レシートや証明書類はとにかくなんでもかんでもとりあえずハコにでもぶちこんで取っておいて、
「必要経費」として申請できる買い物(プラグインや機材の購入、机や椅子なんかもうまくやればなるかも)や、
課税対象にならないとくべつな積立貯金(個人事業主共済?など)について、よく知って、手続きできるようにしましょう。
収入と所得の違いとは?所得の種類など - 個人事業主メモ

扶養について

扶養に入ると、住民税を支払わなくていい場合があります。

「38万円+65万円(青色申告の場合)+経費」までなら、稼いでも夫の「扶養」に入ることができます。

しかし、「青色申告特別控除(最大65万円)」を受けられる人は、毎年2〜3月の確定申告の時期に”青色申告”をした人だけなんです。
青色申告ではなく”白色申告”をした人には、特別な控除は何もありませんので、稼げるのは「38万円+経費」までとなってしまいます。ということは、月3万円くらい・・・ですね。

今「38万円(+経費)の壁」なんて低いわ!と思ったあなた。「開業届」+「所得税青色申告承認申請書」を提出して、青色申告しましょう。

フリーランス妻はいつまでサラリーマン夫の「扶養」でいられるのか? – メモラビ

●クシィによる扶養のアレ

●クシィの付録でついてきたあれです。
扶養に入るとどうなるか?がわかりやすいかも。
つまりは収入額によって、税金を払わなくてよくなったり、ちょっとだけ支払えばよくなったりするということですね。
でもこれはパートとかの給与収入の扶養者ベースの考え方なので、個人事業主はまた細かい金額は変わってきます。
あくまでも参考に。


まあ、いろいろあるようです。