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17/05/29 Mon. 脳の機能

脳の機能、踏めてる。

さいきん、脳の機能を感じる。漢字が書けない。文章が理解できない。
文章が理解できない方は、単にその文章の内容や質的に自分が理解しづらいだけかと思うこともあるが、漢字が出てこないことには毎回愕然とする。正直認めたくないけどこればっかりは認めざるを得ない。
子供の頃は「漢字のテストの点数がいつも良い」ことがアイデンティティだったのに。
わたしは手書きでノートに書き物をしながら考え事をまとめてゆくスタイルをとるのだけど、その中でしょっちゅうその愕然にぶち当たる。
今朝は「感触」の「触」の字が出てこなかった。


ゆるゆるになりつつある脳

あと、これまでと違うなーと思うのは、間違った漢字を平気で手が書くことだ。
あ、間違ってるな、と思っても自動的に手がそれっぽい漢字や同じ音の漢字を書いてしれっとしている。
これが脳の機能の低下なのか、わたしがいい具合に適当な大人になってきたのかはちょっとまだ判断がつかない。し、たぶん判断しなくていいと思う。


『なんとなく僕たちは大人になるんだ』

 漢字が出てこなくなったとき、小学生のわたしよりも漢字も言葉も適当な父親のことを思い出した。
父親はけっこう稼いでたみたいだから、脳の領域を仕事に開放して他はゆるく回してすこしずつ老化していったんだなあ、と、今は父のことをバカにしないで理解できる。父とわたしは先天的な性格がかなりそっくりだと思う。後天的な文化的抑圧を与えたのは母だ。
こうやって少しずつ大人になるというか年をとるのだとおもった。
銀杏BOYZが『なんとなく僕たちは大人になるんだ』という曲を歌ってたけど、その曲の影響なのかわたしの周りのバンドマンには郵便局員が多い。

17/05/23 Tue.

薬局

気に入りの薬局がある。
どの街もそうだが、特に吉祥寺はどこもかしこも薬局だらけだ。
どこが安いのか、考えているだけで脳のメモリが消耗する。
吉祥寺に住むひとに、結論としてどの薬局が一番安いんですか?ときいて教えてもらったのがその一見うらぶれた薬局だ。
薬類が抜群に安く、他も平均的に安い。気に入っているメイク落としの取り扱いもある。

今日買い物して、ついつい買った品物の値段をAmazonと比較してみたら、どれも数十円レベルでAmazonが微かに安かった。
それにAmazonは電車代がかからない。

薬局にゆく仕事は脳が疲弊する。「良さそう」「便利そう」なもので溢れていて、目移りして疲れる。そして、本当はあっちの店の方が安かったんじゃないかといつも気を揉む。
しかもさいきん、買うものは銘柄までだいたい決まってる。
Amazonの方がいいに決まってる。こんなんじゃ実店舗は潰れちゃうよなあ。
みんな脳のメモリがそんなに残ってない。

わたしの気に入りの薬局は買い物の度になにかオマケの試供品をくれる。
今日はキューピーコーワ(錠剤)の1回分だった。
こういうところがやっぱいいよな。実店舗で買い物するのは気力を消耗するが、気力と体力とお金が十分であれば、ネットでの買い物よりずいぶんワクワクするものだ。偶然の出会いが楽しい。
キューピーコーワは夜勤の同居人の机にお供えしておいた。今夜も頑張ってください。

 

引き続き就職活動

キャリアカウンセラー的な方と、先週の面接の話をした。
「先方にあまり印象がよくなかったようで」と話したら、「そうだったんだねー。あとそれは(本名)さんからみても(先方の社長の)印象がよくなかったってことなんじゃん?」と言われて、また目からウロコだった。
確かに、これからあの人と仕事したいとは思えなかった。
色々な就職支援サービスを使ったけど、本当に良い担当の方についてもらえて安心している。

でも、やっぱ「赤坂で働くOL」みたいな肩書きはめちゃめちゃほしかったなー。
そういう肩書きを得られたら、めちゃめちゃ自己肯定できる気がする。
前職のよくなかった点の別の切り口には、「他人に説明してもよくわかってもらえない仕事だった」というのがあるかもしれない。
たとえば派遣や契約の雇用形態でも「表参道でOLやってます★」と言いながら働いた方が、たぶんわたしの自尊心は満たされると思う。
わたしはつくづく他人の視線の中でしか生きられない。
(前の職場の就職を決めたいちばんの理由も「突然お堅い仕事したらウケるかな」だったし…)
かといって、人と関わるのにもウンザリしてるし、もうどうしたらいいんだ。
とにかく今日はキャパが終わったのでこれでおしまい。
何度失敗しても繰り返し努力しましょう。

17/05/22 Mon. メモ

ブックマークの整理

ずっとやらなきゃいけないと思ってきたブックマークの整理をしている。
ファイルやブックマークの整理が自分はすごく苦手だ。
というか子供のころからファイリングが著しく苦手だった。プリントやお知らせなんかはいつもごちゃごちゃになってしまうので、ひとつのクリアファイルにとりあえず打ち込み、テストの前に整理していた。
その点、前職の共有ファイルでの整理ルールはかなり役立っている。なんでもかんでも、内容で精査するのではなくひとまず年度と月で区切っていれておく。
わたしは、収納した情報が古くなって不要になっているのではないか、更新すべきなのではないか、でもまだ必要だろうか、という点が気になってしまう。
2017年に保存したファイルを作っておけば、今後も使用するかどうかは2018年になってから判断すればいい。
不要なものは消して、判断に迷うものならそのまま2017にいれておき、今後も現役で使うなら2018に引き継ぐ。

就職活動

先日面接があった。かなりいまいちだった。
よくなかった点は、たぶん、わたしに先々の「ヴィジョン」がない、と先方が判断したことだろう。
それはつまり、自分に対する客観性がないということだ。
未だに就職活動は苦手だ。
応募書類を書くことで冷や汗を流さなくても済むようになったのはつい数週間前だ。
わたしはわたしに価値があると思えない。
だけどそれこそが客観性のなさなのだろう。わたしは自分を低評価しすぎだ。大変な思いをして高校も大学も卒業したし、両親からの自立も叶えた。
パートナーとの今後だって考えている。
それでもやっぱり、自分に価値があるとは思えないからしんどい。

 

人生の筋を通す

あなたには何もできない、あなたは嘘つき、あなたは何もやり遂げられない、だから何も一人で自分の判断でチャレンジしてはいけない、そういうことを長い間何につけても唱えられると、自分はそうなのだと思ってしまう。
子どもにはそんなことを言いたくないな。
だけど、もし子どもがのびのび幸せに育ったら、わたしはその子が羨ましく、恨めしく、自分の人生を虚しく思ってしまうかもしれない。
わたしは自分には価値があると思いたいよ。だけどなかなか難しい。
だって、価値があるならなんでお母さんはあんなにわたしの心を潰し続け、何をしても批難しつづけたんだ。
お母さんが間違っているなんてやっぱり今でも思いたくない。
わたしに価値がないからお母さんがあんなに辛く当たってきたのだと思わないと筋が通らない。
筋が通らないことは嫌いだ。だからお母さんが間違っていたことの「筋」をみつけだしたい。仕方ないのだと思いたい。
お母さんの人生がああいう形になった理由をみつけたい。

 

14/10/05 とおくのせかいのわるいひとたち

※別ブログからのアーカイブ

けっこう、自分は泣き虫なのかもしれない。
感情の鈍麻が解けてきてからというもの、けっこうよく泣いてしまう。運動会で勝った負けたと泣く女の子たちの気持ちがわからないから、自分は冷たい人間なのかもしれないとティーンエイジャーのころには思っていた。でもそういう訳じゃないみたいだ。

自分の幼馴染はずっと働いていない。小学生から高校一年生までは同じ学校へ通っていて、高校も同じクラスだったけれど、それも来たのはガイダンスの日と入学式の日だけだったかと思う。確か通信制高校を出て大学は行かなかったのだっただろうか。
思春期を迎えたころから前髪を長くして、その隙間からすこしだけ覗く顔にうっすらと化粧しているのも見た。
彼の母親も、彼の父親と離婚してからというもの不安定だと母から聞く。薬や更年期障害で太ったり痩せたりしているらしい、子供からみても若くて、そして綺麗なお母さんだった。
自分たちは幼馴染だから、ときどき連絡をとりあって、数年に一度くらいは会って食事をしたりする。
彼に久々に連絡を取った。いまも働くことなく、なにか学び舎に通うでもなく過ごしていると。たださいきんは生きているのも悪くなく思える、と。大丈夫、働かないで生きていられる間はそう生きていていいし、そうできなくなったら行政の支援を受ければいいだけだよ、と、自分は言った。
その話を家族の食卓で母親にも話す。働いてはいないらしいけど、元気にしているようだ、と。親御さんがお金あるから良いけど…と母が言うので、彼に話したのと同じことを自分は言った。そうして生きていられる間はそうして生きて、だめになったら行政の支援を受ければいいのだ、と、生きているだけでいいのだから。
「そういうひとには御嶽山で死んでもらおう」
そう、話をきいていた父親が突然に言った。
わたしは一度、聞こえなかったふりをした。
父は普通の人だ。すこし裕福な家庭に生まれて、女の子とドライブを楽しむような青春時代を経て、大学を出て就職した会社に数十年勤めている。頭がすこし固いところがあって時々いらつくけど、かわいげのある父親でわたしは父親のことがとても好きだ。
そういう普通の人が、特に悪意もなくこうしたことを口にする現場に立ち会ってしまって、驚いて、ショックを受けて、声も出なかった。
母が「不謹慎よ」とだけいって、自分は黙って食事を食べた。血の気が引き、口の中は渇いて味がしなかった。
「お肉美味しい?」と父がきいてきたので、わたしは「さっきのようなことを、特に悪い人でもなく、普通の、お父さんのようなひとがさっきのようなことを言うのだと思うとわたしは辛くて悲しくて味がしない。それにあれは、わたしの幼馴染の話なんだ」と、息を吐くように早口で言って、牛肉を口の中でもぐつかせながらそのまま泣いてしまった。

(なんらかの理由があっても)働けない人間が生きていることは悪いことで、死ぬべきだし、行政の助けを受けて生きるようなことは恥だ、と、考えるひとがいるということ。
そういうひとが、どこか別の信じられない価値観で育てられた人でとんでもない悪人だったりするのではなく、それが自分を育て同じ食卓に座っている父親だということ。
自分の、両親も顔を見知った幼馴染について、父親がそう言い放ったということ。
重ねて、人死にのあった悲惨な事故を軽々しくそうしてくちにしたこと。
母が注意したのはたぶん最後に挙げたことだけだということ。
すべてショックだった。
もしかしたらこれまで、殆どそれに近い状態にあった自分のこともそう思ってたの?
大好きな父親が?

すこし前に付き合っていたひとは精神障害を持っていて、ふた月に一度年金をもらって暮らしていた。優しいひとだった、とても頭が良くて、話していていつも楽しかった。わたしの知らない演劇や音楽の話をたくさんしてくれて、未だによく覚えているのは部屋に飾ってあった唐十郎風の又三郎のポスターに書いてあった文句だ。
「あたしは、あのこの胸に、このこの胸に実を結ぶ風の落とし物。月光町にいたこともあれば、宇都宮のアゲ屋にいたこともある。あのこの胸に、このこの胸にガラスのマントを着てくるかと思うと、髪ふり乱して駆けてくることもあるんだ。あ丶、あたしは、あたしは、いろんな町を歩きすぎた。風を喰ってて、いろんな胸に抱かれすぎた。おまえは、初めて会った時、「風の又三郎」さんですねって言ったっけ。そうだ、そう呼ばれるまで、僕は−−あたしは「風の又三郎」であることを忘れてた。月は中天に、男だてらのあたしを見かけて、あんたが、「風の又三郎さん」と呼んでくれなければ、あたしは栃木くんだりの流れ女。何故呼んだ、「風の又三郎」と? あんたが呼んであたしが応えた。話を合わせた。只、それだけのことじゃないか。コロッケだってバラの刺青だって、ちょっと胸かきゃ、ホンノリ浮かぶ血のかゆさ。どうだい、分かったかい、月夜のお坊っちゃま。あたしをどうしてくれるんだい。岩波文庫をしまうのかい? それとも読みつづけるのか、はっきりしろい! おまえが呼ばなければ、あたしは栃木くんだりのメシタキ女さ!!」(唐版風の又三郎/岩波書店

自分の青春時代は長い間、指先ひとつ動かすのさえ苦しいほどの鬱状態に支配されていて、毎日時間を飲み込むように過ごし息をすることも苦痛のように思える時間が生活の殆どだった。大学を卒業する年には文章が塊にしかみえず、参考文献も読めず、卒業論文が書けずに人生二度目の(病院に運ばれる程度の)自殺未遂をして留年した。
仕事など到底無理で、一時は障害者認定を受けることも視野に入れていた。いまも、正規雇用での就職はしていない。断薬をして、すこしずつそうした気分から抜け出して、どうにか社会へ復帰しようとしている。
ちかごろ生きることは苦しくないし、なかなか楽しいことも多い。健常な人間はこんな世界を生きていたのか、と、思う。音や景色をうるさいと思うことも少なくなった、世界の大きな情報量をそのまま受け容れられる体力がついて、そうなってくると世の中って面白く美しく楽しい。それでも疲れた時や月経の前などはひどく落ち込んで元のようになってしまう。いつかまた元の状態へ戻ってしまって、行政の支援を受けるようなことはあるかもしれない。だからいまのアルバイトは厚生年金に加入しているところを選んだ(国民年金でなく厚生年金払ってると障害者年金の額がちょっと違うらしい。詳しくわからないんだけど)。
ただ、ただただ、生きているということは罪なのか?
鬱状態の強かった頃、自分は死んだ方がいい人間だと思ってずっと生きてきた。喉元を過ぎたそういう気分はもうあまり思い出せない。醜くみっともない自分は外へ出てもいけないし、ひとに愛されてもそれは相手がなにかを勘違いしているだけだし、愚かで何もできず、働くことも学業をまともに修めることもできず、両親の投資はすべて無駄にしてしまって、そういう自分は生きていてはいけない。いつもそう思っていたということは覚えている。
駄目かもしれないけど、生きていてもいい。自分で自分を養うところまでまだ難しいけれど、少し稼いであとは親の脛をかじっても生きていていい。ただただ生きていていい、良いときと悪いときは必ずある。悪いときは必ず来るけど、良いときも必ず来る。だから生きていていい。楽しいことはそこらに転がってる。自分はひとに優しくもできるし、いい人間だ。生きていていい。近頃はそう考えている。
料理も洗濯も裁縫も掃除も、近頃は出来るようになった。昔よりも身綺麗になったし、陽気な人間になってきた(たぶん元来結構陽気な人間だったのだろう)。
だからもうあんな気持ちはわからない。
だけど、「行政の助けを得なければ生きてゆけないなどということは恥だ、死んでしまえばいい」そういうことを発言する人間はどこか遠くの世界の人間だと思っていた。
普通のおじさんから、そういう発言が出てくる。そして、それは極悪人などではなくて、自分の父親であったりする。
母だってそうだ。
中学生で手首を切った自分に、母親は、「みっともない、早く治しなさい」と言った。
母親は海外で子供時代を過ごし、由緒あるキリスト教の女子校で教育を受け、国際的に活動するリベラルな機関の海外支部で働いていたような人間だ。人間は皆平等に生きる権利があり、貧しいひとには助けが必要だ、というようなことを広める仕事をしていた人間だ。だけれど「専門的な職業に就くひと以外、高卒は人間ではない」といった主旨の発言をしたりする。自分の母親を「正しい」人間だと思っていた自分はそのダブルスタンダードが受け入れられず、気が狂ってしまった。そうだった。
正しいひとなどいない。
(たとえば障害者がすべて良い人間/悪い人間とは限らないし、健常者がすべて良い/悪い人間だと断じることもできない。等しく生きているだけだ)
完全な悪人がいたらコテンパンにやっつけられるのにな。
悪い人、というのも、いない。あたりまえだけど。

それを考えると辛くて悲しくてまた泣いてしまった。
自分はやはり泣き虫だと思う。

14/07/22 教育

※過去の別ブログからのアーカイブ

交際相手が長年使ったというカバンが壊れた。と、いうより、歩いていたらUSBメモリがまろびでたことでそれにけっこう大きな穴が開いていることに気が付いた。仕事でも普段でもいつでも持ち歩いているし、たぶん他に使い良いものを持っていそうに思えなかったので、「針と糸があれば繕おうか?」と申し出て、数年ぶりに裁縫をした。
「縫おうか?と申し出るくらいなんだから裁縫が上手なんでしょう」などと交際相手は言ってきたけれど実際、針を持つのはいつぶりかわからず、玉留め・玉結びのやり方をグーグルで調べながら、色の合わない糸で間に合わせに穴の空いたところや今後大きな穴になりそうな部分をガシガシ乱暴に縫った。出来上がりはブラックジャックみたいでかっこよくなかったし、いつまでもつかわからないとは思うけれどけっこう相手は喜んでくれた。
「そういった発想は自分にはなかった」と、いうようなことを相手が言うので気が付いたことだけれど、たとえその実際のやり方は身についていなかったとしても、そうした手段が存在するという知識を持っていると持っていないとでは、全く違う。自分は母親が日常的に趣味で裁縫をし繕いものもする人間で、それを身近に知っているので穴が開いたら縫えばいいという発想が出たし、それに際してこうした縫い方をすればいいとか、布は裏にかえして縫っていくとか、「玉留め」という言葉をわかっていてやり方を調べられるとか…母親はわたしが裁縫も料理もしないと常日頃嘆いているけれど、実際の技術として身についていなくともそうした発想が出て、そのための手段を知っているということは教育の大きな賜物だと感じた。
実家では掃除も片づけも裁縫も料理もからきしだし任せきりだ。もしひとりで暮らしたとしてそれらをこなすかはわからない。でも交際相手の部屋で、足もとのビニル袋を小さく畳み、風呂場を残り湯で軽く掃除し、カバンの穴を繕い、そういうことができる自分に驚いている。
(ただ忘れてはいけないのは、そうした世話焼きがましい行動というのは、相手のためというよりか、「自分」が相手にそうしたい、喜んでもらいたい、より良く生活してほしい、美味しい食事をしてほしい、という乱暴な押し付けから発しているということを忘れないようにきちんとすることだ。そうしたことは「自分」の欲求の発散であるということだ。「フリルのついた暴力」((C)岡崎京子)だ。それだけは絶対に忘れてはいけない。相手はままごとの人形ではない。そうした行為をしている自分が感謝されて当然、などというような態度は絶対にとらないべきだ。だってそれはわたしの満足、快感のためにしていることであって相手が嬉しがっているとは限らないんだもの。相手には相手のやり良いやり方や毎日の秩序や論理がある。それをまずは尊重しなければならない。それをぜったいにわすれてはいけない。相手を尊敬し尊重する気持ちを必ずもつこと、男女の関係に限らずひととの付き合いはすべて尊敬と尊重、想像力だ。)
のれんに腕押しといった感じに、している方もされている自分も感じていた教育が実は自分の身体に長い時間をかけてしみついていて、ほんの少しこうした着想を与えている。泣ける話だ。教育はするにこしたことはないということだ。

こういうことを書いて、昔西原理恵子さんがどこかで話していたことを思い出す。
曖昧にしか覚えていないので正確さに自信がないけれど、家庭内暴力を受けている女性がいたとして、そこから逃げ出す「方法」を知っている、ということはとても重要だとか、そういう話だったかと思う。シェルターであったり、相談のできる団体があるということを知っていること、それから、まずは家庭内暴力の現場からはすべてを投げ出して逃げることをしなければならないと知っているということ。あとは、自分の子どもを養うなりなんなりしながら、離れて暮らすための準備ができること、つまり、そのためのお金を持っている、稼ぐことができる、稼ぐための技術があること。家庭内暴力に限らずなにかがあったときにお金がなければ生きてゆかれない、そのためには仕事ができなければいけない。そういったことを確か話されていたと思う。
お金が無ければ生きてゆかれない。当たり前のことだ。お金を手に入れるためには稼がなければならない。当たり前のことだ。でも、たいへんな状況に置かれて訳が分からなくなるとそういうことがわからなくなっちゃう。そういうときに知識を持っていることは確かに助けになるだろう。自分は両親の庇護のもとにあってお金に不自由したことは殆どない。今もあまり稼いでいるわけじゃない。だけれどいつ、自分が貧乏になるかなんてわからないし、家庭内暴力から逃げなければならない状況だっていつやってくるかわからない。そのときに、それをどう解決したらいいか?知っている。これは本当に心強い。

自分が人の親になるときが来るとして、子供に良かれと教育をしても、実ったと思えず悩むかもしれない。いやな気持ちがしてチクチク嫌味を言ってしまうかもしれない。でも最初から諦めたり必要ないと思うことはしないでまぁ気長に教えてゆけるといいな。縫い物のやり方でもいい。料理でも、掃除でも、自分の身が危機にさらされた時の逃げ方でも、当たり前と思えることでも。無駄と思えても繰り返し繰り返しきかせることがいつかその子の身を助けるかもしれない。重ねて書くけれど、知っていると、知っていないとでは大違いなんだ。
たぶん一生、母親みたいに趣味でキルティングするような人間にはならない。でもその教育無駄じゃなかったんだよ、と、明日の朝母が起きてきたら話そうと思う。

---(追記)
前述した西原理恵子さんのインタビューはこれでした:
「共同参画」2013年11月号 | 内閣府男女共同参画局
被害者になる前に知識を仕入れているしかない。啓発が大切なんです。当事者は、洗濯機の中で回っているようなものですから。
人が人であるためには、お金が要ります。そのためには働いてないといけません。それがやっぱり一番、先輩女性として後輩の女性に言いたいことです。

14/06/30 読んだ本

※過去の別ブログからのアーカイブ

2014.6.30(月)読んだ本

タブー写真399連発 激撮!歌舞伎町24時 / 双葉社
 文章から構成から、ゲスな感じが伝わってきてイイ、確かな技術、というかある種のテンプレートを持った確かなその道(笑)のプロによる雑な仕事、って感じ。写真のうちの何割かはやらせなんじゃないかな。やたら「歌舞伎町では自転車を振り回すヤツがいる」というのを強調して繰り返しそういう写真を載せてたの、なんか面白かった。吉祥寺サンロードの古本屋で200円。風呂場で読む。

 昨今の(一般的な、商業的な)漫画とは違って説明過多でないところが良くもあり、鈍った自分のアタマでは行間(コマ間)を読むことが難しかったり。不謹慎な言い方かもしれないが子供のころから戦争モノは好きだ。夏が近づくと平和教育のようなものが割と盛んになってワクワクしたことを覚えている。かなり牧歌的な光景が描かれながらも戦況は悪化してゆき、最後のあたりの丸山が死ぬシーンで急激にグロテスクになるのがすごくイイ。
 
 10年代の東京インディーシーンについて書かれた本。かなり周囲で話題になっていたのに、積んだり、持ち歩いたりしてもずっと読めなかったものがiPhoneを水没させた途端するするっと読めた。結局惰性でデバイスに依存していたんだな、という感じ。
話題になるのもわかる、即時性のある対談だった。ただここに書かれた内容を全肯定することを彼らは求めていなくて、それぞれがそこから考えてゆくことが必要なのかと。
補完もそれぞれがしてゆくべき内容であって、特にゼロ年代に都内のライブハウスシーンでもかなり台頭していた「関西ゼロ世代」について触れられていないことは少し手落ちなのでは、と思った。あのあたりは当時のインディーシーンですごく銀杏BOYZとの繋がりも強かったように(実際、どうだったのかはわからないけれど)体感的には思う。「ミドリ」「オシリペンペンズ」「あふりらんぽ」みたいな、UFOCLUBあたりで高校生の頃によくみていたようなひとたち。
それから、澤部さん本人も言っていたようだけれどごく最近のシティポップ・リバイバルのようなものに触れる上で「スカート」について言及していないことも少し不足しているかな、と。
とはいえ、韓国インディーの話であるとか、ヒップホップシーンの話であるとか、自分の全く知らなかった面白い話はいろいろあった。
そういった「抜け」と自分には思える部分もありつつ、ただそれは見ていた景色が違ったのかとも思う。「10年代東京インディー」とその背景を十分に論じ、検討された本ではないかもしれないけれど、いまここにある手触りみたいなものは伝わってきた感がある。マァ、テン年代だってまだ14年も半分終わったくらいだしねぇ。
本人たちも、即時的に話して作った本だからそういうこともあるというようなことをどこかで発言していた。面白くていいけど、単行本として流通するに充分な内容かというと、ミニコミかインターネットの記事かくらいの軽さっぽい気がしてしまう、けどそんなことばかり言っていたらインターネットの速度にはついてゆけないし、この分量の内容だし、仕方ないのかな、とか、考えてみたり。
そのシーンの手触りがわかるというのも、自分がその「現場」的なところへかなり出入りして、ここに書かれているようなことに対して予備知識があるからであって、この本を読んでまっさらなところから知ろうとするのは難しいからじゃないだろうか。そういうときいまはみんなyoutubeとかsoundcloudとか観て知ることできるのかな?
これを書きながら、「関西ゼロ世代」みたいなかつてのシーンは、もしかしたら、忘れ去られ無視されてゆくというのが現状なのかもしれないな、と、少し思った。


ひどい喉風邪をひいた。
 

17/05/19 Thu. 鏡

今日の面接はスベった。

持ち前のサービス精神、もとい、他人の顔色を見すぎる自意識過剰さが悪く働いて、疑心暗鬼になり、自信のなさを補おうと喋りすぎた。自信をもって素直にわからないと振る舞うときよりも、自信がないことを隠す嘘つきになるときがある。今日はそれだった。

しかも「長所」「短所」とか全然考えてなかったな。なんなんだよ、自分。

長所も短所も、いまのわたしは、わたしに価値があるなんて到底思えない。

でもそれは、人材市場からみた私だ。企業からみてわたしには価値がない。と、思う。感じる。

だけど、わたし自身の希望はどうだ?

わたしはどう扱われたいか?わたしは、仕事を安心して任せられるようなひとと思われたい。それに、お金だってむちゃくちゃほしい。

 

他人の前で自信たっぷりに振る舞うには、足りない自信を、自分以外に補ってもらう必要がある。

誰かにわたしを、なんの理由もなくても特別丁寧に扱ってもらう必要がある。

同居人の優しさと別に、他人から圧倒的に丁寧に扱われる必要がある。

それでいつもの喫茶店に久しぶりに来た。

おじさまたちはおしぼり一つ置くだけでも、みぞおちのあたりに腕をやわらかく当てて一礼してくれる。でも、「あ、タバコ吸いたいよね?」とフランクにきいてくるバランスもたまらない。

わたしは中身がないから、色々な要因に影響されやすい。良くも悪くも。

わたしは目の前の人を映す鏡だ。

次の機会もあるみたいだから、次は喫茶店に寄ってから向かおう。

ちなみに他の会社はいまのところ全滅だ。ファック。ぜったい働くぞ