読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2016.10.15 Sat. 社会の圧

元気に仕事ができた一日だった。

漢方を飲み始めて4日目、ワイパックスは飲んでいないが、動悸がしないので何をするにも素早く動ける。動悸がするかも…と動くのをためらう時間も省略できる。(動悸がすると、動悸がしないようにゆっくり動くことしかできないし、動悸がしたらどうしようといつもビクビクしていた。)

薬が効いているのか、薬を飲んだぞ!というプラシーボが効いているのかはわからないけど、明らかに穏やかに元気に過ごせた。閉館放送をする自分の声が、これまでにない明るいイントネーションで楽しくなる。ひとに優しくできている自分が好きだ。

自分は本当に自分のことが大好きだ。自分が認められる自分でいるとみるみる元気になる。

仕事が進む日も進まない日も、職場に反抗したい一心で、7時間席に着いているうち1時間くらいはYahoo!ニュースとか、自分の住んでいるところの区役所のホームページの採用情報とかをみている。さも「仕事に関連するんで…」と言い訳できそうなところを見繕うあたりが自分の小心さを感じる。今日は仕事が割と順調に進んで、あとは返事やタイミングを待たないとどうしようもなかったので、まあ先回りしていくつか片付けておいてもいいことはあるにはあるのを置いておいて、土曜に行きたいパーティーにもゆけず鬱屈とした気持ちを反抗心に注いで、30分くらいニュースをみたりチョコレートを食べたりしていた。

交際相手にプレッシャーをかけるような話題ではあるけれど、「結婚の曲がり角は25才、○○省調査」というニュースは思わず読んでしまった。25才まではみな「まだ若すぎる」「仕事ができるようになってから」と結婚せず、そのままアラサーを迎えると焦って結婚相手を探し始めるが、結婚相手の母数が半数近くに減っているため結婚へ結びつかない、というような調査結果だった。(25歳過ぎ結婚相手ぐっと減る? | 2016/10/15(土) 10:56 - Yahoo!ニュース

実際のデータをみていないからわからないけれど、このアンケートの本質ってそこじゃないのではないのに、何むやみに圧かけてんだ、とモヤモヤした気持ちになった。

どうも、この記事は「自由を謳歌したい=まだ若すぎる」、「家庭生活より自分の仕事に注力したい=仕事ができるようになってから」という独立自立志向から、いまのひとたちは結婚しないが、アラサーになると焦り始める、という結論に導きたがっているみたいだけど、「若すぎる=お金がない」「仕事ができるようになってから=給与が上がってから」が一番のネックで、その条件が整いはじめる25才以降交際相手を探すが結婚できない、その前から交際相手のある人たちは条件が整ったタイミングで結婚するから、前からパートナーのいない人はパートナーを探すところから始めるから余計あぶれる、という図式なんじゃないか。

自分も正直、「結婚したい!」という気持ちは無くはないけど、結局いまの交際相手と付き合って、そもそもどうして結婚したいという言葉が出るんだろ、と突き詰めると、①「老後もひとりはさみしい」

②「愛情の最大級の表現として『結婚したい!』と言ってしまう(死にたい=疲れた、と同じ)」

③「子どもを産むならリミットは30代前半で、そこから逆算して相手を確保しておく必要がある」

④「親を安心させたい・周囲にわかりやすいフォーマットとしてきちんとしたことを示したい」

という4つの理由だった。

見栄と自己中心的な打算じゃねーか!と自分でも引いてしまって、それから随分「結婚したい!」と、冗談や心がこもっていない発言でも言うことは減った。いまの交際相手とは穏やかに毎日暮らして行けて時々デートでもできればいいし、差し迫って子供を産むのでなければ、却って結婚は足枷として自分を苦しめることになりそうだ。結婚式とか結納とかそういう結婚にかかずらわるいろいろにはお金もかかる。またそういう手配をする気力も今はない。特に結婚にはメリットがない。

つい最近、地方自治体が「結婚相談員」を設けて独身者に結婚を手配するという記事や、それにまつわるいろいろな意見も読んでいた。地方自治体の結婚の取り組みというのは、要約すると「お見合いおばさんに当たるひとを公的に手配する」「公的な取り組みであればセクハラにならずにお見合いを促せる(?)」「結婚に対するイメージアップキャンペーンをする(いいね!結婚、みたいなポスターを貼る)」「都心に就職してスキルをつけた人間を結婚で呼び戻し地域愛を育む」みたいな内容だった。なんだかなあ。

結婚する人が減っている、少子化が進んでいる、20代が感じている理由は、上の世代のひとたちには見えづらいのかもしれないと思った。

「結婚、子育てにかけるお金がない」「結婚のメリットが社会的に認められて子供を産める以外にない」「時間的、経済的に余裕がもてない」「結婚して家庭を作る以外の選択肢が広がっている」こういう感覚は上の世代には体感的にわからないのだろうと思った。特に地方の議員だったり、役所の人間だったりには、こういう感覚は全くわからないと思う。本当に。

若者は勝手だ、と思いたい気持ちはわかるし、自分たちが古い人間だなんて誰も思いたくないのもわかる。だからこそ断絶が深いな〜と思った。

「自分たちは過渡期の人間で、今実現しようとしているなにかが成熟するときにはもうきっと死に絶えている」と、友人のhくんが言っていて、当時はイヤイヤ!そんなことないでしょ!こんだけ社会変わってるし!と実は少しは思っていたのに、役所の仕事みたいなことをしていると東京でもここまで考え方が古い人たちもいるということで絶望して、何度もその言葉を思い出している。

交際相手がこれを読んだら絶対また「圧が…」って思うだろうしごめんよって気持ちだけど、俺まずは君といられればそれでいいよって思ってるからこそ、「若者は結婚しない…」とか言われると、そういう環境にないのに圧ばっかかけやがって社会め、なんかムカつくなあって感じなんですごめんねごめんね。

帰り道、駅前の広場や公園のベンチで恋人たちが肌寒いのに触れるともない距離感で座っていたりして、ああ俺も週末の夜くらいは恋人と暖かい缶のココアとか買ってこうやって語らいたいのに、と思ったりした。

いまの仕事に就いた一番の理由は「アルバイトよりまともっぽい職歴と最低限まともっぽいスキルをつけたい」だったことを今日思い出した。当初の目的はもう果たせたなーと思う。条件の違うところへ転職したり文章を書いたりして、高望みはしすぎず、週末の夜は恋人や友人と過ごしたりパーティーにいったりお酒を飲めたりできるようになるといいな。