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2016.11.6 Sun.

頭がすっきりした日だった。

冬のMacBookAirは冷たい。それでさいきんはあまり触らなくなって、日記を書いていない。WinのノートPCはこんな風に冷たくないのに…。毛糸のセーターを着せてやりたい。とはいえ、紙の日記もあまり書いていない。辛い気持ちが、言葉にして吐き出さなければならないほどではなくなったのだと思う。だけれど、慣れただけで辛くなくなったというわけではない。

友人と岩盤浴のあと、露天風呂に浸かりながらそういう話をした。Yも、新卒で姫路に飛ばされ完全に参りきっていたのが、東京本社に戻されてまたここでも完全に参ってしまい、その頃は肌荒れもひどく、カウンセラーの世話になってると言っていた。さいきんはどう?いまは辛くない。でも、辛くないからといって、イヤじゃないわけじゃないよね。と、二人で頷き合った。

転職しようと思うんだけどどうしたらいいと思う?就活とかのときもよくわからなかったんだけど、どうやって仕事を選べばいいと思う?とYに訊くと、譲れない条件を出して、それを守れるところを選べばいいんじゃないかな。と言われた。

自分にとって譲れない条件は、東京の音楽に関わり続けられることだろう。土日が休みで、毎週末1万くらい使っても生活が成り立ってすこし貯金ができる仕事。まあ、東京じゃなくてもいい。だけれど週末が休みでないことだけは絶対に耐えられない。音楽とお酒にお金を使えて、あとすこし洋服が買えると尚いい。それから、いろいろな価値観が新しいというか、多様性に理解のある会社がいい。となると、企業の平均年齢は若い方がいいだろう。女性率は絶対にどう考えても低い方がいい。大きな会社か、外回りのある仕事がいい。大きい、新しい会社の営業がいい。都心だと尚いい。メディアや文化に関わる仕事がいい。

で、そういう企業がある業界ってどういうところなんだろう?

そこのところがわからない。どうやって勉強したらいいかもわからない。自分のスキルで間に合うのかも。

自分の人生についてこんなに考えているのは初めてだ。

13才くらいのころからずっと大人になってしまうことを恐れて、未来が怖くて、死んでしまうことばかりを考えていた。だから、どんな大人になるか、なんて、本当にここまで考えてくることができなかったし、自分の人生を選ぶことをしてこなかった。

死んでしまおうと考えている人間が、自分が将来どうなりたいか考えられないのは筋が通っている。だからこそ、無駄にしてしまった自分の人生が悲しくなるけれど、悔しく悲しくばかりなっていても仕方がない。

2014年に病気が軽減して、あのときはとてもうれしいことばかりだった。きちんと靴紐が結べることがうれしい。人の目を見て話すことができる自分がうれしい。ちゃんとみえる化粧ができるようになって、毎日お風呂に入れるようになって、髪の毛を洗えるようになって、明日が恐ろしくて眠れなくなることもなくぐっすり眠って美味しくごはんを食べて、家事も少し覚えた。布がきれいにたためるようになった。本当に本当に、ずっと、長い間わたしは、そんなこともできなかった。よく頑張ったと思う、だけど、みんなそんなことは小学生の間にできるようになっていて、自分はスタートラインのその手前まで、いまどうにかやってきたんだと思う。

這いずりながら、ストレスで歯が割れたり、動悸で起き上がれなくなったりしながら、それでも昔のようには死にたいとは思わない。死にたいとは思うけれど、昔のようではない。もう、言うことなすことすべて否定してくる親はわたしの側にいない。

わたしはなんでも自分で選んでいいんだ、と、思うと、とてもうれしい。とてもうれしいし、とても怖い。自分のこころに住み着いた両親が責め立ててくる。今日の夕飯でも、明日のコーディネートでも、仕事でも、友達でも。自分が正しいものを選べるのか?選べたのか?いつも不安になる。

交際相手だけは正しい相手を選んだと自信を持って言える。ひとつの成功体験が自分を後押しする。

もう寝てしまおうか、転職の本を買いに行くか悩む。時間はあまりない。頑張らなければならない。