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2017.01.25 Wed. みじん切りのブレイクスルー

自分が少しずつ新しくなっていることがわかった一日だった。
朝起きて、洗濯を回しながら、Yのセーターとパーカーのほつれを修理した。
母が見たら、雑だとか、こんな風にやったらすぐまたほつれてしまうとか、ぐちゃぐちゃだとか言うだろうなあ、と、思いながら、でも思うままに縫い付けて直した。Yはこのわたしの仕事をみて、きっとすごく喜ぶだろうから。
わたしの中には、お母さんがいる。お母さんの想念がわたしに染みついて、それがいろいろなものにわたしを縛り付けて、なにかをする度に横から小言を言ってくる。たとえ実際のお母さんがそうは言わなかったとしても、だ。
あなたは暗くて朗らかさというものがない、あなたはすぐに汚すから白い服なんて着ないで、安いものばっかり買ってたまにはちゃんとしたもの買ったら?、こんな高い買い物したんだ、ふーん…、この繕い物、縫い目がこんなに大きくってがたがたであなたは本当に不器用!そういう想念が自分の内側から湧き上がってくる。
洗濯物は日が暮れる前に取り込まないとだめ、ゴミはきちんと分別しないとだめ、ちゃんと片付けないと恐ろしいことになる、そういう焦りもわたしの内側から湧き上がってきて追い立てる。
だからわたしはわたしを、だらしがなくて、不器用でどうしようもない人間だと思い続けてきた。きちんとしたものを使ったり身につけたりしていい人間ではない、わたしはだめ、だめだからこういうひどい目に遭う。そういう囁きに縛られているから、どんどんそういう方向に進んでゆく。
ひとり暮らしをして母本人と離れて暮らすようになってから、わたしはわたしのために動けるようになった。そして、Yと付き合うようになってから、Yが喜ぶことを想像するとなんでも出来る。下手でもやってみることができる、完璧にできないことの方が多いのは当然なんだと思えるようになった。
Yといると、わたしは子供時代をやり直している気持ちになる。お互いの話を否定せずにきいたり、陽気におどけたりふざけたりして、チャレンジしてできるようになったり、やっぱりできなくて失敗したり、喧嘩をしたり慰め合ったり、これまでに経験しているはずだったかもしれないことを、自分がずっと経験したかったことをやり直して、自分を作り直している気がする。
わたしは、暗くもないし、駄目でもないし、ふざけるのが好きでけっこう明るい。白い服を着てもいいし、汚したら洗えばいい。駄目にしたら新しいものを買えばいい。買い物をするときは「得だから」とか「高級だから」とかいう見方でなく自分に必要なものをきちんと選んで買うことが大事だと思えるようになったし、繕い物だってやってゆけば少しずつ上達するだろう。ずっと苦手で粗みじんにしかできなかったタマネギのみじん切りだって、突然昨日の夕飯から、精度の高いみじん切りにできるようになった。みじん切りのブレイクスルーだ。
家事も、適当でもぜんぜん大丈夫だ。洗濯物は2日くらい干しっぱなしでも大丈夫、分別なんかめちゃくちゃでも死なないし、その分脳のキャパを開けることが出来る。もちろんちゃんとした方がいい。だけど、それで自分の能力の低い脳みそのキャパを埋めてしまってほかのこと出来なくなる方がくだらない。
母の言う「あなたっぽい」「あなたらしい」「あなたはこうだから」という束縛は、まだ私の中に残っている。ただ、それをかなり客観的にみることができるようになった。
今日、友人の結婚式に出るときの服を買った。ドレスから、靴、鞄、全部同じ店でそろえた。母ならこう言うだろう、「ほかの店も回れば、もっといいショールや安い靴があるかもしれないのに…。」でも、わたしは、色々な店を回って疲れながら、値段を比べながら迷って、先に買ったアイテムと合っているか悩みながら買い物するより、一つの店で時間をかけて調和のとれた組み合わせを一度に買うことにした。自分に必要な物を手に入れるために、そういう方法をわたしが選んだ。
ドレスも、大人っぽい黒と、ベーシックな紺と、可愛くてクラシカルな灰色のもので迷った。わたしは、たぶん、昔だったら、黒か紺を選んだと思う。老け顔の自分には暗い色の方が合うし、汚す心配も少なくなるから。それに、ベーシックなテイストのものなら、もう少し年をとっても着ることができるから。
灰色のドレスはわたしに似合っていた。淡いグレーで、凝った総レースで安っぽくなくゴージャスで、下手したら下品になるところだけれど、微妙に可愛かった。わたしはこれを選んだ。このドレスを可愛く着られるのは今だろう。ゆったりしたフレアスカートだから多少足を開いてもそこまで目立たなくて楽そうだった。それに、わたしはこういう、いかにも「若い女!」というドレスが着たかった。ずっと!
靴も、普段履かないようなキラキラした飾りがついた靴を買った。お姫様みたいだ。本当はこういうの、やってみたかったんだ。
母であればきっと選んだであろう紺のドレスも可愛かった。いい形をしていた。もし、別の同級生の結婚式があるときはできるだけ違うドレスを着たいから、あれか、あれに似たものを買うことにしよう。でも、それはわたしの心のなかの母が選ぶのじゃなく、わたしが選んで気に入ったのを買うんだ。
2014年から、ひとつひとつ人生をやり直している。Yといることで判るようになったり、できるようになったことがたくさんある。
停滞しているようにおもったり不安になることもあるけど、ある日突然タマネギのみじん切りが出来るようになったり、本に興味を持つ気持ちが戻ってきたり、わたしは少しずつ新しくなっている。(精神科の担当医にも褒められた。)そのことがわかって、すこし安心した。