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17/05/17 Wed. ステルス

今日はみえないものについて書く。

不機嫌の理由

不機嫌の理由はなかなかみえない。
前職に勤めていたころは、だいたい月に1度部屋で暴れていた。
「バカ!もうやだ!全部やだ!濡れたタオルを突っ込むな!わたしだって年金もらいたい!くそばばあしね!エクセルおぼえろ!」
確かこんな風な身も蓋もないことを言いながらパンチを繰り出したりベッドでジタバタとのたうったりして、同居人はパンチは引きうけ、のたうつわたしを体重で押さえ込み、よくできる看護人だった。
わたしは濡れたタオルに怒っていたわけではなかった。
将来の不安と、隣の席の人との相性の悪さ、Officeソフトも満足に扱えないおばさんに囲まれていることにわたしは怒っていた。さらには生理が近く、濡れたタオルが洗濯カゴに入れられ続けることは単なるきっかけだ。きっかけはきっかけにすぎない。
不機嫌の本当の理由は叫びの最後に出てくる。
感情に任せて叫んでみて、やっと自分がなにを不安に思っていたのかわかった。
わたしはなかなか思うことが言えなくて遠回りする。
そうできる場所がなかった。いまはあるから、身も蓋も外してたまには叫んだ方がいい。

 

わたしは中身がない。


ひとりでぼんやり家事などして過ごしていると不安になる。
自分が自分である時間がほしいとは思った、だけどそもそもその自分がかなり矮小だ。
はずれのピーナッツに似ている。外からみると形はしっかりしているのにあけてみると実は萎びて小さく食べれやしない。
ずっと出かけないでいると、自分が透明になってしまったような気がする。
「世間」から観測されないと存在できない。
いま、わたしの社会的立場は「無職」だ。結婚もしていない。
恋人の部屋に転がり込んで、ネットフリックスを毎日みてる。
(しかもネットフリックス代も恋人が支払ってる!)
わたしは自分が存在していない、と感じる。
とはいえ前職で働いているときもわたしは自分が存在していないように感じた。
仕事を覚えても認められず、ひとに説明してもわかりづらい仕事で、休みがランダムなので音楽イベントにもゆけず友人にも会えず、給与は上がらないので生活はずっと苦しく散財も貯蓄もできない。
それで自分が自分でいられる時間もなかったので最悪でどん底だった。
わたしは自分に肩書きをつけて、「世間」に認められている、と思わないと自分の存在を認められない。

中身のない人間には中身のない人間なりの戦い方があって、店員対客といった立場の虚構のコミュニケーションをしているとき、わたしは自分の「立場としてとるべき仕草」が自分の本心と思える。
よき店員として嫌なお客さんも心から心配して寄り添うようなことだ。
(機嫌が悪かったんだな、体が悪いのかな、いいセックスをしていないんだな、とか、来世は畜生道に堕ちるんだな、とは考えてるからタチは悪い。)
だけどよき団体職員というのはよくわからなかった。お客には雑に強情に、内部にはヘコヘコとこびへつらうのがあの職場では正しかったらしい。
そういう部族には所属できなかった。
小さい頃から母に「外面よし子」と言われていた。まあお前のせいだけどな。