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2017.01.26 Thu. 「男はつらいよ」

今日は、Amazon fireTVで「男はつらいよ」を観てみた。
お父さんはしょっちゅう家で「男はつらいよ」を観ていて、観たいテレビが観られないことが多かった。だから寅さんのことは好きじゃなかった。テレビ観たいんだけど、と、「寅さん」を咎めると、お父さんは「お父さんが若い頃はこんなだったんだよ」「お父さんはこれがいいんだよ」とよく言ってた。わたしはわたしの好きな今の番組を観たいのに、心底迷惑だった。
わたしも25歳になって、時代は移り変わるということがわかるようになって、お父さんは寂しかったのかもしれないと思った。自分の懐かしい風景や景色がどこにもなくなってしまって、それが映像のなかにいきいきと残っているとしたら、切なくて寂しくて美しいことだと思う。
でもお父さんはわたしにテレビを譲るべきだった。だって若い頃の経験がなければ、懐かしいと思えることの数が減るから。お陰で、「男はつらいよ」は、平成生まれのわたしにとっても懐かしい景色になってしまった。
Apple Musicで「男はつらいよ」を再生しながら朝の街を歩くと、どんな人でもちょっといい感じに見える。みんなすごく頑張って生きているのだという気になる。
AmazonApple Musicといった新しいサービスで「男はつらいよ」を視聴するのは不思議な感じだ。観られるよ、と教えてあげたら、お父さんもAmazonApple Musicを使えるようになるだろうか?

2017.01.25 Wed. みじん切りのブレイクスルー

自分が少しずつ新しくなっていることがわかった一日だった。
朝起きて、洗濯を回しながら、Yのセーターとパーカーのほつれを修理した。
母が見たら、雑だとか、こんな風にやったらすぐまたほつれてしまうとか、ぐちゃぐちゃだとか言うだろうなあ、と、思いながら、でも思うままに縫い付けて直した。Yはこのわたしの仕事をみて、きっとすごく喜ぶだろうから。
わたしの中には、お母さんがいる。お母さんの想念がわたしに染みついて、それがいろいろなものにわたしを縛り付けて、なにかをする度に横から小言を言ってくる。たとえ実際のお母さんがそうは言わなかったとしても、だ。
あなたは暗くて朗らかさというものがない、あなたはすぐに汚すから白い服なんて着ないで、安いものばっかり買ってたまにはちゃんとしたもの買ったら?、こんな高い買い物したんだ、ふーん…、この繕い物、縫い目がこんなに大きくってがたがたであなたは本当に不器用!そういう想念が自分の内側から湧き上がってくる。
洗濯物は日が暮れる前に取り込まないとだめ、ゴミはきちんと分別しないとだめ、ちゃんと片付けないと恐ろしいことになる、そういう焦りもわたしの内側から湧き上がってきて追い立てる。
だからわたしはわたしを、だらしがなくて、不器用でどうしようもない人間だと思い続けてきた。きちんとしたものを使ったり身につけたりしていい人間ではない、わたしはだめ、だめだからこういうひどい目に遭う。そういう囁きに縛られているから、どんどんそういう方向に進んでゆく。
ひとり暮らしをして母本人と離れて暮らすようになってから、わたしはわたしのために動けるようになった。そして、Yと付き合うようになってから、Yが喜ぶことを想像するとなんでも出来る。下手でもやってみることができる、完璧にできないことの方が多いのは当然なんだと思えるようになった。
Yといると、わたしは子供時代をやり直している気持ちになる。お互いの話を否定せずにきいたり、陽気におどけたりふざけたりして、チャレンジしてできるようになったり、やっぱりできなくて失敗したり、喧嘩をしたり慰め合ったり、これまでに経験しているはずだったかもしれないことを、自分がずっと経験したかったことをやり直して、自分を作り直している気がする。
わたしは、暗くもないし、駄目でもないし、ふざけるのが好きでけっこう明るい。白い服を着てもいいし、汚したら洗えばいい。駄目にしたら新しいものを買えばいい。買い物をするときは「得だから」とか「高級だから」とかいう見方でなく自分に必要なものをきちんと選んで買うことが大事だと思えるようになったし、繕い物だってやってゆけば少しずつ上達するだろう。ずっと苦手で粗みじんにしかできなかったタマネギのみじん切りだって、突然昨日の夕飯から、精度の高いみじん切りにできるようになった。みじん切りのブレイクスルーだ。
家事も、適当でもぜんぜん大丈夫だ。洗濯物は2日くらい干しっぱなしでも大丈夫、分別なんかめちゃくちゃでも死なないし、その分脳のキャパを開けることが出来る。もちろんちゃんとした方がいい。だけど、それで自分の能力の低い脳みそのキャパを埋めてしまってほかのこと出来なくなる方がくだらない。
母の言う「あなたっぽい」「あなたらしい」「あなたはこうだから」という束縛は、まだ私の中に残っている。ただ、それをかなり客観的にみることができるようになった。
今日、友人の結婚式に出るときの服を買った。ドレスから、靴、鞄、全部同じ店でそろえた。母ならこう言うだろう、「ほかの店も回れば、もっといいショールや安い靴があるかもしれないのに…。」でも、わたしは、色々な店を回って疲れながら、値段を比べながら迷って、先に買ったアイテムと合っているか悩みながら買い物するより、一つの店で時間をかけて調和のとれた組み合わせを一度に買うことにした。自分に必要な物を手に入れるために、そういう方法をわたしが選んだ。
ドレスも、大人っぽい黒と、ベーシックな紺と、可愛くてクラシカルな灰色のもので迷った。わたしは、たぶん、昔だったら、黒か紺を選んだと思う。老け顔の自分には暗い色の方が合うし、汚す心配も少なくなるから。それに、ベーシックなテイストのものなら、もう少し年をとっても着ることができるから。
灰色のドレスはわたしに似合っていた。淡いグレーで、凝った総レースで安っぽくなくゴージャスで、下手したら下品になるところだけれど、微妙に可愛かった。わたしはこれを選んだ。このドレスを可愛く着られるのは今だろう。ゆったりしたフレアスカートだから多少足を開いてもそこまで目立たなくて楽そうだった。それに、わたしはこういう、いかにも「若い女!」というドレスが着たかった。ずっと!
靴も、普段履かないようなキラキラした飾りがついた靴を買った。お姫様みたいだ。本当はこういうの、やってみたかったんだ。
母であればきっと選んだであろう紺のドレスも可愛かった。いい形をしていた。もし、別の同級生の結婚式があるときはできるだけ違うドレスを着たいから、あれか、あれに似たものを買うことにしよう。でも、それはわたしの心のなかの母が選ぶのじゃなく、わたしが選んで気に入ったのを買うんだ。
2014年から、ひとつひとつ人生をやり直している。Yといることで判るようになったり、できるようになったことがたくさんある。
停滞しているようにおもったり不安になることもあるけど、ある日突然タマネギのみじん切りが出来るようになったり、本に興味を持つ気持ちが戻ってきたり、わたしは少しずつ新しくなっている。(精神科の担当医にも褒められた。)そのことがわかって、すこし安心した。

2017.01.23 内臓丸焦げ

胃の中に真っ黒に焼けて煤けたものが詰まっていて吐き出せないような、そんな気分になった日だった。

久しぶりに隣の席の年長女性との噛み合わなさが炸裂した。もう帰ろうか、という時だった。噛み合わなさが炸裂するときのパターンは、だいたいいつも同じだ。年長女性の求めている答えを私が出さなかった時、突然それは炸裂する。

なにかの地雷を踏んだ瞬間、「カンッ」と、金属を噛んだような嫌な感触の言葉が返ってきて、「それはあなたの判断でそうしたんだ、ね!」といって大概始まる。わたしの示した見解や判断が「従来の(彼女の信じる)やり方」とは違う時、「彼女の思う正しさ」と違う時に生じる。だいたいマジでどうでもいい「やり方」についての反発なので、目的が達成されるなら過程はどうでもいいだろと思う。そんな風に思っているのが顔に出ているのか、そこから更にヒートアップする。マジでどうでもいいなあ、と思いながら聞いているのがたぶん顔に表れているから、この人とはずっと相性が悪い。

仕事は、速く正確であることが大事だとわたしは思っている。もっと言うと、正確さが優先されれば、速さはそれに伴ってくる。やり方のベースは引き継がれるべきだけれど、結果が正しく出ていれば、それはその仕事を担当する人それぞれのやりやすい方法を取るべきだ。

例えばの話、「会議の内容のメモを取る」という業務が仮にあるとして、アナログで取る方が早いひとも居ればキーボードで打った方が早いひともいるだろうし、聞きながら書くより録音して後で書き起こした方が会議に集中できて内容が正確になる人がいるならそれでもいいのに、「必ず同じノートに毎回同じ鉛筆で記録を取るというように決まっているけれど、特に理由もわからないし誰も読まないからどうでもいいよ」と言われるけれど、違うやり方をすると苦言を呈される、そういう体質がどうにも合わない。「同じノートに同じ鉛筆で書くことでデータの公正性を保っている」とか、理由があるのならまだしも、「太古の昔からそうなっている」みたいな問答ばかりで、それじゃあまるで神事だろうが、と、思う。神事の方がまだ由来がわかるくらいだ。

で、更にその会議の記録をシェアする前に上司までぐるっと回して、その際にわけのわからん指摘が入ったりするから最低だ。「ここの漢字表記はひらがなに」とか、内部資料なんだからどうでもいいじゃんみたいな、そういうことを思うとどうせ上司のやりたいような方向にもってゆかれるか、適当にハンコ押されるのだから真面目につくる気がなくなる。そりゃ真面目につくりたいけれどもつくったところで虚しい。眠くて上手く描けなくなってきた。

ハッキリ物事をたがいに伝えられる職場ならいいのに、変に気を使うというか、ハッキリものを言って議論をしようとすることを避ける空気があるのでストレスが溜まる。「それは変だと思う」と言ってくれれば、「それには理由があって」と意見をぶつけられるのに、「あなたの責任でそういう判断をしたんだ!じゃあ貴方がそう言うなら私はそれに従うね!」みたいな物言いをする。どうでもいいだろうが。ハッキリ言えやくそが。もう辞めるんだし次そういう事があったら斬り込んで行こうかな。

隣の部署に駆け込んで、そういう話を30分くらいして(仕事の邪魔をして)、残った作業も明日に丸投げして帰った。それでも、胃の中がムカムカして、黒々とした焼けたものが入っているみたいな感じだ。もう辞めると決まっているのに心底嫌になった。何のために仕事をしているのかわからない、何のためにこの作業をしているのかわからない、そんなことばかりで給料も上がらない、上司はモチベーションを上げるどころか下げてくる、大ボスはボトムアップで意見をだしてくれというけれど上司に遮られて届かない、内臓が腐った人間みたいな組織にいるから胃の中が真っ黒みたいな妄想に取り付かれているのかもしれない。

鉢植えの蘭についたつぼみがいよいよ重たく頭を垂れて咲こうとしている。実家の台所で油まみれになり、猫たちに齧られていた蘭だ。一人暮らしの部屋に鉢植えがほしくてこれをもらって、油がこびりついてギトギトになっていた葉を一つ一つ拭い、手入れして新しい鉢に植え替えたら、去年は花が1つ咲いた。自分の愛情が実ったようでとても嬉しかった。今年は9つも花芽をつけている。こういう日記を書いている間にもいつの間にか花開くんじゃないかというくらい、いよいよ咲きそうだ。

一度ボロボロになったあとにこうして復活したところになんとなく自己投影してしまう。結果はすぐに出るわけではないけれど、向き合えば、今年は去年より、来年は今年より良くなってゆく。

今の職場に来たことで良かったことはいくつかある。まともな職歴を得た事、相性の悪い親元を離れて一人暮らしができるようになったこと、それで自分の人生をようやく取り戻せた事、ビジネスメールが打てるようになった事、PCの書類作成程度の技能が身についた事、役所のシステムや理念を理解できるようになったこと、それから、引っ越した事で今の交際相手と親しくなれたこと。毎日のストレスは大きいけれど、どれも今後の人生をグッと底上げするようなことだ。

ストレスで死にそうだけれど、良かった事もある。これからも良くなってゆく。ひとつひとつ進んでいる。でも今日は胃の中が真っ黒だ。

2017.01.05 Thu.

仕事初めだった。くたくたになってしまった。

年末年始の休みで久々に自分を取り戻してみると、やっぱり自分はこの仕事に心底興味も愛情もないということを改めて感じた。同居人と一緒に暮らす部屋では、自分はどんな細かなことでも覚えているし、比較的すぐに行動することができる。同居人本人がどうして部屋にあるのかわからない歯ブラシは、夏に旅行したときにちょっと使った歯ブラシを同居人が置いているのをわたしはわかっているし、同居人が喜んだり楽になると思えば少し早起きして洗濯2回転して朝ごはん作って掃除をするのだって苦にならない。

仕事ではこんなに言葉に拘るわたしが、文言をいちいち間違える。本当に苦しい。けど、もうやめるんだな。もっと早く辞めることにしてしまおうかな。

昨日、居酒屋で結婚など具体的にこうこうできたらいいね、という話をして、何をするにもまずは生計を立てなければならないと思った。だけれど、自分がまともに生計を立てていく術はあるんだろうか。

元の部屋にあった本をまとめて売りに行って、疲れて、いろいろなことを考えながら、いつもと違う道を通ったらすこし迷ってしまった。平たい、つま先の寒いパンプスでひたひたと寒の入りが訪れたアスファルトの上をうんざりしながら歩いてようやくわかるところまで来たら、取り壊された自動車ディーラーの空き地ごしに、自分ともう一人の住むアパートがみえて、かわいい形の窓に蛍光灯の灯りが光っていて、人が待っていてくれるのは嬉しいことだと思った。今夜はカレーを作ってくれると言っていたんだった。昨日から干しっぱなしの洗濯物の影のある、あの左から2つ目の窓がわたしの窓だ。

洗濯物はあとで取り込もうと思った。

よれよれのわたしが作ったマリネ風のサラダはいまいちだったけれど、それも笑えるこの生活が好きだ。ぐにゃぐにゃとして風呂に入ろうとしないわたしをなだめすかして風呂に入るようにさせてくれた。

昨日クリニックに行ったとき、担当医が、「sさんの生活が改善したのは薬のおかげじゃなくて、薬で身体の影響をとって、あれもこれもできる、大丈夫、という風に身構える部分を取っていったからなんですよ。薬のおかげじゃなくて、sさんが自分を変えようとして行動したからよくなったんですよ」と、『ヘルタースケルター』で医師が「りりこ」に語りかけるように話してきて、面白かった。でも、たしかにそうだった。この担当医のことも最近実はなんとなく胡散臭いと思っていたけれど、この人はこの人の仕事をしているのだし、まっとうに力になってくれているのだ、事実として。被害者意識を持つのはやめようとおもった、そしてまっとうに人を嫌いにもなろうと思った。ひとに勝手に期待したりするのもやめよう。そうしたら、もう少し今後の転職先では楽になるかもしれない。

上司を好きになれたら、もっと仕事を頑張れただろう。だって私は事実、同居人のためならなんでもできるのだから。

昨日飲んだ後、同居人がボブスレーのようにスムーズに布団に飛び込んで即眠っていたのが面白かった。同居人のことをひとに話すとどうしてものろけになってしまうから、反感を買わないために、いつも言いすぎたなと思ったら「いいやつなんですよ、デブなんですけどね」と付け加えていて悪いなと思う。でも築地市場のマグロみたいなフォルムだ。そこのところもまた好きなのだけれど。

2017.1.1 Sun. 足るを知る

新年早々、我が身は因果だと思った一日だった。

交際相手の部屋に引っ越すに当たって、部屋のキャパを超えた書籍などの荷物を一旦実家に預けることにした。ついでに、細々とした荷物も車に積んで新居に移すのを手伝ってもらい、両親が新居に少し来ることになった。

わたしの転居先をみて両親は不満のようだ。グレードが低いとか前の部屋の方がよかったとか言うので頭にきてしまった。わたしは前の部屋が嫌いだった。寒くてすぐ精神の調子を崩すし、自分の給与と経済活動の比率に対して家賃が高いことで生活レベルが落ちて、そのストレスを発散するために細々と買い物をしてお金を使ってしまって貯金もできず、つらいことが多かった。ただ、比較的綺麗で、オートロックで、なにより両親を説得して家を出ることができる条件の部屋が見つかったという事実こそがあの部屋のよい点だった。

新居は明るくて暖かくて広くて、家賃も下がるし、なにより、交際相手と暮らしていることが楽しくて幸せだ。ただ、きっと古びた外観も内装も両親はきっといやがるだろうから、同居人には悪いが、事前によく、新居は古いアパートだしカビくさいし汚れているところもあるし、散らかっているからね、とよくよく言い含めておいた。言い含めておいて尚、母は「やっぱり前の部屋にお母さんは未練があるのよ」などと言い出したので、心底頭にきてしまった。私の住む部屋にどうして母親が未練を持たねばならんのか、仕事から帰ってきてすぐ、ずっと泣きながら震えながら一人で寝ることも多かった部屋の何をおまえが知っているのかと思った。

「生活レベルを一度下げると戻せないから」とよく両親は言ってくるけれど、そもそも自分の娘がどれだけの給料をもらってどのような生活を送っているか、何度話しても理解してくれない。何もしなくても娘は勝手に成長して自分たちと同じように、一ヶ月に靴を一足仕立てて青山を闊歩するような生活をすると想像していたんだろう。だけれど、そうした生活をするには自信とそれに支えられた能力というものが必要で、両親は私を育てる中で自信というものを完膚なきまでに叩きのめした自覚がない。ひきこもったり散々自殺未遂や自傷を繰り返しても、結局この人たちはそのギャップが理解できていないし、現実の私をみつめてはくれないのだと思うと悲しくなる。他人より生きづらく生まれて挫折し続けた人生をどうにか立て直し、自立したことを喜んでほしかった。

だけれど、そもそも私が挫折していた過去を認めることは、彼らにとって、自分たちの娘が人より劣っていて、さらに育児が失敗したことを認めることで、それができないからいつまでも理解しあえない。

同居人は、わたしがこれまでしたいと思ってきた理想の生き方をしている。過去や、まだ起こっていない未来に執着せず、自分の持っているものの中で最善をいつも尽くして生きている。足るを知る、そういう感じだ。具体的な生活の中でいえば、「いつか使うかもしれない」と思って紙袋や割り箸みたいなものをため込んで部屋の収納を圧迫してしまったりするわたしと違って、収納のキャパを考えればそんなものをため込む余裕はないので、要らないものはすぐゴミにする。音楽だけに全力を注ぎ込む、ほかは適当、そういうようなところだ。

同居人はよく「必要があればそのときに買えばいい」と言う。本当にその通りで、尊敬する。起こってもいないことに備えすぎても仕方がないのだ。大事な書類とかもよく捨てていて私が拾い上げたりしているけれど、備えすぎる自分とそこで補え合えていて、その潔さや暮らしぶりを私は尊敬している。

人間には二つしか手がないけれど、三つも四つも持とうとしたら全部取り落とす。64GBのiphoneに128GB分の写真は保存できない。「今の自分」の能力でできる最高のパフォーマンスを出すためには、要らないアプリはアンインストールした方がいい。

腹を立てながら初詣をしたら凶を引いた。今年も父が何百人も並んだ参拝の列をショートカットして横入りしてお参りしていて、こういう節目にそういう横着をする人には運気が回ってこなくても当然なんじゃないかなあ。神様は存在するというより、自分の中にある監視の目のようなもので、神様の前での行いは自分の人生の行いのような気がしている。適当に横着して小ずるく上手くやろうとして、たくさんの人にいやな思いをさせる人生は私はいやだな。

初詣に行った神社はわたしの七五三をした神社で、「あの石の前で写真撮ったよなあ」なんて話をしていて、また私は怒り出してしまった。というのも、七五三の衣装を選ぶとき、衣裳屋で、私は赤い着物を選んで、これが着たいと言ったのに、「成人式のときに母が持っている赤い着物を着せるから」という理由で却下されて、緑の着物を着せられたことを思い出したからだ。さらには、成人式の頃にはその赤い着物は親戚の中で貸し借りされる間に行方不明になってしまっていて、着ることができなかった。「レンタルして出かけるのは高くつくし、写真だけにしなさい、どうせみんな着物なんて苦しいから着てこない」と言われて、記念の写真は前撮りして成人パーティーに行ったら、100人以上の人の中で着物を着ていないのは3人だけ、みんな綺麗に着飾ってお化粧してもらって髪の毛もセットしてもらっていて、私は、これも好みのドレスを反対されて母が選んだ気にくわないドレスに、母の行っているおばさん向けの美容院でされた似合わないアップスタイル、母の手持ちの化粧品でされた適当な化粧で、みじめで悲しくて辛かった。

突然そんな話をして怒り出したわたしに、父は「まあいつかまたいい着物が着れるよ」と言った。わたしはそういうことを言っているのではなかった。娘の成長を祝って、娘の自主性に任せて、その綺麗な時期、かわいい時期を着飾る行事をおざなりにされたことを私はずっと怒っているのだった。いまでも成人式の広告をみるだけで悲しくなるくらいに。七五三も、成人式も、母の都合で、安上がりにしたいとか、母の思い通りにしたいとかいう理由で私の希望は通らず、私は成長の節目に大事にしてもらえなかった、私は大事にされなかった、尊重されなかった、適当にごまかされた、そういうことを謝っても認めてももらえないし、いつまでたっても怒って、悲しんでさみしくなっているんだった。

この人たちは、いつまでも娘を自分の思い通りに操作したいとしか考えていない。それはわたしのことを信用していないんだ。信用されない人間は、人を信用できなくなる。わたしはなかなか人と信頼関係を築くことができない。元々の性質としてあるのだろうが、どうして両親はこんなに自分のことを信頼してくれないのかと、信じて娘のゆく方向を応援してくれないのかと、悲しくなる。思い通りにならなかった娘は死ぬべきなのだろうと、10年ずっと感じている。だけれど死んだら両親のこれまでの投資の採算が合わないだろうと考えてしまって死ねない。わたしだって、両親に大切にされたくて必死にやった、実際両親は大切にしているようなそぶりを見せたり周囲にアピールしたりするのだけれど、そのすべてが上滑りしていてわたしには届かず、「そのように見えるようにしている」だけだから戸惑ってしまう。わたしがわたしの力で社会に戻ったことは、本当にものすごく奇跡的な偶然と努力の積み重ねでできていること、もっとわかってほしい、ただ生きている私を認めて、そのことを祝ってほしい。

少しずつ少しずつ、両親との関係はよくなっている。文句ばかり言うのではなく自分の話しぶりや行動で、優しさや信頼を示せるようになっていることで、少しずつ互いに信頼できるようになり、改善している。それでも新年早々、心が折れた。私はもう今日は帰りたいといっているのに、荷物があるからなんとかとか押し切られて結局実家に戻ってきてしまったので、今夜は主に父母が荷物を入れているウォークインクローゼットの掃除をしている。

このウォークインクローゼットのハンガーをかける棒に何度も縄をかけて死のうとしたことを思い出す。最後に見るのが「ハリーポッターとアズカバンの囚人」の背表紙かあ、と、よく思ったけれどまあ死ねなかった。

持ってきた荷物を入れるために、大々的に奥からウォークインクローゼットを掘り返すと、出るわ出るわ、溜め込んだ紙袋のストックや、使っていない便せん、封筒、ルーズリーフ、そういうどうでもいいものが部屋のキャパの多くを占めていて、それも小学五年生で引っ越してきたときから放置され上からめちゃくちゃにものが積み重ねられていた。

そういうところだよ、と、思う。どうでもいいものに執着して容量オーバーして見て見ぬふりばっかして、本当にそういうところだよ!

何時間も片付けてさすがにうんざりしてきたので文章を書いて気分転換した。こういう無駄と矛盾と先送りで部屋が溢れかえっているのがわたしの実家だ。わたしは、変わろう。わたしはわたしの人生を変える。

だからウォークインクロゼットの永久凍土は、どうにか朝までに片付くように頑張ろう。


2016.12.30


引越しの後片付けが終わらない。

年末年始を完全にナメていた。◯◯オフ系列ではないリサイクル業者や古書店は、年末は予約でいっぱいで年始はどこも6日あたりから仕事をするらしい。完全に誤算だった。三が日あけて4日にでも、と考えて8日に退去にしていたのに。

今日なんとか連絡がついたリサイクルショップに冷蔵庫や本棚みてもらったけれど、どれも引き取ってもらえなかった。困った。小さな棚や鏡などはどうにか引き取ってもらい、近場の小物系のリサイクルショップに、知人から譲ってもらって使わなかったレコードプレーヤーと細々したものを持ち込んで800円になった。値がつかなかったものも無理を言って拝んで引き取ってもらった。

物を買うのは簡単だが、捨てるのは大変だ。わかっていたつもりでいたけどここまで大変とは思わなかった。物を持つにも責任がいるのだ。

先日、交際相手がポメラを買ってくれた。これほしいんだよねえ、と何気なくLINEをして帰宅したら、Amazonでポンと気前よく買ってくれた。びっくりしてヒィーと声が出て、よくテレビの動画で見るサプライズプロポーズされた女の人たちのあの感じはこういう感じだったのか。ポメラはテキスト作成に特化された機械だ。きみに文章を書いてほしいから、きみはこれまで本当に欲しいものを洋服とかで誤魔化してきていたでしょう?だから、と、交際相手が言って、なるほどと思った。そうか、わたしは今まで自分のことを自分で決めることを誤魔化してきたんだ。

物を手に入れることは自分のことを自分で決めることだ。

物を買うってきっとそういうことだ。だから捨てるにも責任がいる。

2016年は自分の人生というのを考える年だった。うちの母たちのようには、きっとならないようにしよう。遅すぎるかもしれないけれど、わたしはわたしの道をいまから選べる。いい恋人もいる。

よかったじゃないか。いい年だった。いい年だったよ、2016年は。

2016.12.29 Thu. わたしこういう人だった

自分がこういう人間だったということを、目の当たりにした日だった。

同居人が地元に帰った。ばたばたしてきちんと挨拶もできないまま、大きな荷物はすでに移動したあとで、ちょっと残った荷物をまとめるのと、処分の手はずをつけようとして前の部屋に帰った。

部屋に行ってみると思った以上に荷物は多く、部屋は寒く、よくわからなくなって慌てているうちに夜の10時になってしまった。

そういえば同居人と同居するまではずっとこんな毎日だった。毎日よくわからなくなって、なにも終わらなくて徒労感に追われて、途中で2時間くらい茫然とする時間があって、どうにか一日を終わらせる感じ。

どうにか部屋には帰ってきたけれど、いまもほとんど椅子から立ち上がれないまま3時間経ってしまった。同居人がいたらさっさと風呂にはいってさっぱりして部屋の片付けをして布団に潜り込んでいるはずだ、1時間半で。それも間に、15回くらいの抱擁の時間を挟んで。

私は同居人がいなければなにもできない。それは、なにかを全部やってもらわないと生きて行けない、という意味ではなくて、私は私のために生きられないということだ。

私は、私の人生をようやく取り戻して、私のためにこの先のことを選ぶことができる、だけれど、未だにそうやったことがないから、正直戸惑っているし、こういった生活のことはやはりまだ自分自身のためだけに行うことは難しい。昨夜は飲んで帰ってから同居人のためにブリ大根を仕込んでいたけれど、今日のわたしはカップ焼きそばにお湯を注いで菓子パンを食べるのが精一杯だった。だけれど、気持ちだけは人一倍きちんとしてたいと思っていて苦しむことになる。

同居人といるときわたしは幸せだ。自分が真っ当な人間のように思える、というか、そのことを信じて疑わなくてよくなる。そんなことは考えない。

昔から思っていることだが、信頼できる人といるとき私は見た目上とても「人間らしく」なる。「人間らしく」なっているとき、わたしの心はなくなっている。触られると身体の摂理で、水分の位置の移動によって、ヒュッと葉をすくませるオジギソウのように、無心に反応する感情のない幸福な生き物になれる。

もちろんそこにも感情はある、気持ちはある、そして全て嘘じゃない、だけれどこうしてパソコンに向かって一人で文章を書いているときのわたしの「こころ」と、ひとといるときに表面に出てくる「こころ」は、全く違う層にあるもののように思える。

誰しもそういうものは持っているんだろう、というか、今はそう思いたい。昔はよくわからなかった。うまく言えないけれど、図書館にも本屋にも、あんなにたくさんの不気味で陰鬱な純文学、たとえば川端や太宰や志賀直哉やなんでも並んで世の中に存在してみんな少しは読んでいるはずなのに、どうして生活の中ではそうした「こころ」を持っているようにみえないのだろう、といつも思っていた。みんな「こころ」は隠している、信頼している人にも。隠しているというより、社会になじみながらそうした「こころ」を見せるのは難しいものなのだろう。そして人や社会とのやりとりで使わなくなった「こころ」は少しずつどこかへ消えてしまう。だけれど、その方がきっといい。

どうやったらわたしはわたしの真っ当なこころを取り戻して、ひとりでも自分のために生きられるんだろう?

同居人といるときはこんなことは考えなくていい。でも、ひとりでもこんなことを考えなくなるともっといいんだけど。一人が寂しい、という人は、こういう気持ちなのかもしれない。大概の人と一緒にいるより一人でいる方が楽で、だけれど一人でいるとこうやって思い悩む羽目になる。同居人といると幸福でこんなこと考えなくていい。

わたしのこころなんてはやくどこかへいってしまえ、まがい物のこころなんて忘れ去られて思い出されもしないところへ遠ざけて切り捨ててしまえ、そして同居人と幸せになりたい。

同居人といるとなんとなく幸せになれそうだし。

わたしのめんどくさいこころなんてはやくなくなって、ただわたしはわたしとして生きられますように。